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和磨視点 第110話 踊れ、踊る
今まで、カノジョ、いたけどさ。
恋愛なら、それなりにしたけどさ。
こんなだったっけ。
こんなに振り回されるものだったっけ。
恋愛ってこんなに、上がって下がって、ぐるぐる回って、ってさ。忙しくて仕方ないものだったっけ。
佑久さんが泣いてるとこ見ただけで心臓飛び跳ねた。
そこに知らない奴がいたことに喉奥がやけに強い酒でも飲んだみたいに熱くなった。
一瞬で、佑久さんをそこから連れ出したいってことしか考えられなくなった。
マジで笑うよ。
「ナンパされてるのかと思った」
「ぇ……えぇ? ……」
きっと佑久さんは今のだって、俺が冗談でそんなこと言ってるって思ってるでしょ。
違うんだ。
本当にナンパされてるんじゃないかって思うんだよ。笑うくらい、思いっきり片想いしてる。笑うくらい、思いっきり、君の表情、笑顔一つで浮かれるし、メッセージ一つが来ないくらいで頭の中は、そのことでいっぱいになる。
「僕、男ですので」
「……まぁね」
だよね。けど、俺にはすげぇ可愛く見てるんだ。
「なんか、用事があったんでしょ? マフラーと」
「あ……はい。あの」
ね、なんで泣いてたの。
なんてさ、まだ知り合って間もない奴が訊いていいことじゃないんだろうけど。
隣を歩く佑久さんは、さっき泣いたせいなのか、俺が一瞬バカな早とちりをして騒いだことで目立って恥ずかしかったのか、少し頬が赤い気がした。
「歌、半年ぶりだって」
「あー……」
聴いた?
「聞きました。あ、いえ、まだ歌は聴いていないんです、イヤホン、持ってきてなくて。でも、帰ったら聴きます。絶対に」
「あー、あいつか」
じゃあ、若葉がその話をしに来たってことだ。佑久さんに会いに、やっぱ、あんま話さなければよかった。若葉のこと。でも、ハルに出演してたし、それキッカケにして映画に誘ったし。
「はい。それで」
そもそも恋愛対象じゃないだろ、俺は。
「それで、う、自惚れ、だと思うんですけど、違うと思うんですけど、僕なんかには何も、その、ないですけど、でも、もしかしたら、万が一、ってこともあるので」
本当に笑うくらい、振り回されるんだ。佑久さんの言葉一つに、行動一つに、表情一つに。今、言いにくそうにしてるのだって、どうしてなんだろうって気になって仕方なく。その口元を固唾を飲んで見守っている。
「あの!」
いつも少しだけ小さくて、少しだけ柔らかすぎる声が、はっきりと、真っ直ぐとそう言い出した。
「僕、聴きたいって言いました! 和磨くんの声で、歌ってもらったら、とても素敵だろうから聴きたいって、言いました!」
凛とした声。
佑久さんと同じくらいに真っ直ぐで、素直で、生真面目な声。
その声も、すげぇ好きだよ。その声で、楽しそうに笑いながら俺の名前を呼んでくれたなら、一瞬で、世界一の幸せ者ランキングに急浮上できると思うくらい。
「だから、ありがとうございました!」
「……」
「ありがとう、ございます……歌ってくれて」
真っ赤だった。俺は、そんなふうに自分の意見を話す時に真っ赤になるところも好きでさ。
いらないだろうけど、守りたくなる。君のヒーローになれたら、なんて思うくらい。
「それを言いたくて、マフラーをお返しするのも忘れて、来ちゃいました」
マフラー貸した時だって、嬉しかったのは俺のほうだったんだ。君に優しくできたって、一人で舞い上がってた。
君のためならなんでもできる、とかけっこう本気で思ってたりする。半年歌ってなくて、このままフェードアウトがフツーなのに、またひょこって現れて歌って。
「佑久さんに歌ったんだ」
そう告げたら、真っ黒な瞳が俺だけを写して、止まってる。
「半年、歌えなかったんだけど」
今、この瞬間は俺しかこの人の目には映ってないんだって思うとガッツポーズしたくなる。正直、今も舞い上がってるよ。佑久さんがただマフラーを返すためだけにここに来てくれたこととか、まだ聴いてないけど、歌のこと、自分がリクエストしたからって言い張ってくれるとことか。それから毎回、ご飯一緒にって、誘って断らずにいてくれるとことか。思いっきり舞い上がってるよ。
もしかして。
もしかしたらさ。
「好きな子のリクエストだから、歌ったんだ」
佑久さんも、俺のこと、好きだったり、しないかなぁー……って。
「そうだったん、で…………ぇ?」
くるくる春風に踊らされる葉っぱにでもなった気分。佑久さんの一つ一つに、俺は勝手に舞い上がって踊ってる。
「好きな子……って」
「うん」
佑久さんが歌聴きたいって言ってくれたから。
俺の、すげぇ好きな子に歌を聴きたいって言ってもらえたから。
「あ、の」
「……うん」
俺の好きな子、佑久さんなんだ。
「あの、だって」
「うん」
絶対に違うって思うよ。もしかしたらさ、同じ図書館に若い女の子いるじゃん。あの子とかの方が断然確率あるって思うけどさ。
佑久さんに好きになってもらえる確率。
だって、同性を好きになるってよっぽどじゃん。そもそもゲイならまだしも。
だから、俺はよっぽど佑久さんのこと、好きなんだよ。もうマジでモーモクって感じに。
「あの、彼女は、いいんですか?」
「は?」
この片想いに振り回されてる。
「彼女」
「……」
振り。
「だって、私が一番会ってたんだからって、彼女さんが」
「はぁ?」
「映画、の、チケット」
「あれは」
「うちにも来てって」
「うちって」
回されてる。
「うちって、ウチじゃなくて、あれ、美容室」
真っ黒な瞳が思いっきり大きくなって、あの小さな口が思いっきり開いて。
「………………ぇ…………ええええっ?」
すっげぇ驚いてた。
「この髪、あいつのとこでやってもらってるから」
「え……ぇ、え?」
どこでどうなって、そうなったのか。
「ええええええ?」
「っぷは。マジか。すげぇ勘違い」
すげ、何これ。さっきさ、歌聴いてくれたかなって心配で、緊張で、すげぇなんとも言えない低空飛行のテンションだった。と思ったら、佑久さん見つけて、すげぇ音速みたいに飛んで、そんで。
そんで。
今、佑久さんのマジめっちゃ驚いた顔に重力完全無視して宇宙飛んでけるくらいに急浮上。
ホント笑う。
今、俺は、この片想いに大笑いするくらいに振り回されてる。
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