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和磨視点 第112話 深呼吸して
「…………はぁ」
安心の溜め息が勝手に口から溢れた。
ぶっちゃけ。
もう、このまんまダメになんじゃないかって、少し、思ったから。
「……」
スタジオの端に押し込むように並べられた椅子や機材、そこが荷物置きにもなっている。
休憩時間にもう一度って電話をかけたんだ。ずっと電源オフになってるらしくて通じない佑久さんのスマホに、もう一回って。
「…………」
マジで、よかった。
マジで、もう、ダメになったかと。
掌を合わせて、その掌の合わさった間に自分の鼻と口を挟んで、自分の手の中にもう一回、安心から溢れる溜め息を吐いていく。
今までさ。
付き合った子。
どの子とも、その時、その時、ちゃんと大事に思ってたし、大切にしてた。
それでも、どっかのタイミングでどの相手とも、どうしても終わった。
理由は色々だったけど。
その度に、まぁ、それなりに落ち込んで、ヘコんで、またそのうち好きな子ができて。また付き合って。
俺は、たまに、今はすげぇ好きだし、相手も俺のこと好きだけど、来年は一緒にいんのかな、とかさ。そういうのを二人でいる時にふと考えたりもしたんだ。で、大体、その想像した来年になった頃には本当に別れてて。
けど。
「……」
佑久さんと想像しなかったな。あの人のくるくる変わる表情と、誰よりも耳に馴染むあの声を追いかけることに忙しくて、そんな、来年はどうしてんのか、なんて不安に思う隙間なんてなかった。
そんで、俺は、そんな想像はしなかった代わりに、けっこうマジで願ってた。
ずっと一緒にいられるように、とか。
願いすぎて、口滑ったくらい。
―― じゃあ、一生待ってるし。
大学祭の打ち上げの時に、そう言ったんだ。
つい、口から出た。初めて、本格的に、つっても大学のだからアマチュアのだけど、ライブに出てテンション高くて。
ビビんじゃん。
佑久さんにしてみたら。
まだ付き合って間もないでしょ。
まだ数ヶ月。
しかも男同士で。それがダメってわけじゃないし、そういうことじゃなくて、あの人にしてみたら俺しか知んないじゃん。もっと佑久さんに合う人だっているかもしんないじゃん。
そんで俺は今までいくらか恋愛してきて、だから、もう佑久さんが今までの相手と違うって実感あったけど。佑久さんと別れる、とか、思うだけでも、腹んとこが痛くなるくらいに、佑久さんが良くて、佑久さんしか嫌でさ。
だって、あんな人、いない。
真っ直ぐでさ。
―― 人偏に右と書いて、久方ぶり、と書きます。
素直で。
―― ものすごく優しくていい人なのに、銀色の髪だって綺麗だし。
っぷは。
あの時、すげ、無自覚強ぇって思ったっけ。ベタ褒めしすぎって。照れ臭くてどうしようかと思った。そんで好きな子にそんなふうに言ってもらえて内心有頂天になってる自分が気恥ずかしかった。
―― うん。だって、聴いてみてって。
君が俺の歌を聴きたいって言ってくれるのなら、俺は一生歌うよ。
君が笑ってくれるなら、どんなレストランにだって連れて行ってあげる。
君がよく眠れるのなら、俺のベッドに君専用の枕を置くよ。
君が。
「……はぁ」
君が俺のそばにいてくれるなら、俺はなんだってできるんだ。
すげぇ、好きなんだ。
だから、プリーズ。
俺のこと、好きでいて。
マジで、ずっと。
「っぷ……歌詞の才能、なさすぎ」
つい、さっき、佑久さんに電話越しで歌ったからか。今、即興で、唯一、自分が持ってるオリジナルソングに歌詞をつけてみた。
もちろん、笑えるくらいにセンスがなくて、全然なってないけど。
「……よし」
立ち上がった。
「ふぅ」
今度は安心の溜め息じゃなくて、良い声が出るようにって、胸んとこ、肺に活力になるような酸素を送り込む深呼吸のほう。
「……」
ったくさ。何、音信不通って。しばらく山に籠るとか言ってたし。どういうことなのかわかんないし。会えなくて
不安になったって言ってた。だから会いたいですって。君が言ってくれるのなら、俺はマジで世界のどこにだって駆けつけるよ。そんなテンションになった瞬間。
―― でも、今は、会いませんっ。
とか言うし。
ホント。
あの人といると、格好悪いくらい踊ってる。気持ちも、テンションも、身体も声も。
―― 僕も、頑張るね。ライブ楽しみにしてます。
世界一のライブにするよ。君が聴いてくれるのなら。
俺は君の一つ一つにいつだって踊らされてるんだ。
――僕、もう絶対に不安にならないし、和磨くんのことも不安にさせない。絶対に、です。
「カッコ良すぎでしょ。佑久さん」
思わず、そんな独り言が溢れた。
――だから、待っててね。
いくらでも待つよ。
だって俺は君の「次」が想像つかない。君の次に好きになれる人が現れる気がしない。君とした、今もしてるこの恋以上のものが想像もできない。
「すんません。休憩終わりました」
「おー、もう少し休んでてもいいぞー」
「大丈夫っす。もうマジで元気なんで」
「……みたいだな」
ベーシストの人がニヤリと笑ってた。
「もっかい、お願いします」
そして演奏が始まって目を閉じて、胸いっぱいに溜めた酸素と一緒に声を発した。
いくらでも歌うよ。
君の世界を変えられた俺の歌を、いくらでも。
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