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第119話 あとで笑かすって言ったじゃん。

「なんで? 上手かったよ?」 「ぜ、全然だよっ」  レンジですぐに温められるし、と思ってチャーハンにしたけれど、温める必要なかった。 「上手」 「じゃないってば! も、オオカミサンの前で、とか」 「あは、急にそっち?」 「だって、歌はオオカミサンとして何百回も聴いたから」 「そんなに?」 「毎日、行き帰り、それからこもって、その、下手なりに歌詞考えてた間はずっとずっとリピートで」  久しぶりに和磨くんの部屋に来れたこと、夜を一緒に過ごせること、なんだか、どれもこれもが久しぶりに楽しくて、嬉しくて、つい、鼻歌で歌ってしまった。  何度も何度も繰り返し、僕が口ずさんで作った歌詞だから、ある意味、僕は丸暗記できてしまっていて。  でも、僕は歌詞だけ。タイトルは和磨くんがつけてくれた。『タスク』って。 「下手じゃなかったよ。すげぇ歌いやすかった」 「!」 「めちゃくちゃ嬉しかった」 「!」 「最高」  和磨くんが、隣で、ふにゃりと笑った。  その笑顔の、頬の赤さに、胸のところがキュって高鳴ってく。 「あ、あのっ、今日、本当に、あのっ」 「うん」 「明日って」  もっと一緒にいたいって思っちゃう。和磨くんの笑顔、もっと見たい。会うと、どうしてもその気持ちが大きくなってしまう。もう慣れていかないといけないのに。離れて過ごすそれぞれの時間は今までよりたくさんになっていくことに。そのためにこの『タスク』の歌詞だって考えたのに。和磨くんのメロディに、僕が歌詞をつけて。そしたら、確かに僕らを繋げるものができるでしょう?   だから、和磨くんが歌手として忙しくなって、前みたいに僕のシフトが早番の度にだったり、大学が休みの週末に泊まって一日一緒にいたり、ができなくなっても、大丈夫。そうなれると思ったのに。  長く一緒にいたいなって思ってしまう。 「あの、歌手の、えっと、アーティスト、の活動が」 「なんもないよ」 「そ、なんだ」  ほら、もう、本当に僕はこういうとこ、仕方がないんだ。思わず、何もないと聞いて嬉しくなってしまうんだ。 「歌手、ならないし」 「そうなん…………えぇぇっ! な、なんでっ」 「いや」 「僕の、せい? 僕が、歌詞とか考えたから、大事な作品に。それとも、僕がいるせいで」 「違うよ」 「でも」 「違うって」  和磨くんが僕の頬を撫でた。 「俺が、今は、いーっす、って言ったんだ」 「なん……」 「あのステージ、すごかった」 「……」 「ステージからさ、サイリウムの波を眺めて。俺の、オオカミサンは青って設定されてたんだけど、その青のサイリウムが歌に合わせて揺れてさ。すっげぇ、綺麗だった。あの景色は誰でも見られるものじゃない。あの景色を一回でも見たら、絶対にステージにまた上がりたくなるって言われた」  そうだよ。そんなの僕ら一般人には絶対に見られない景色だよ。それを見ることのできる価値が和磨くんにも、和磨くんの歌にもあるのに。  そんなのもったいないよ。 「確かに最高だけどさ」  やめてしまうなんて。 「けど、あの上からじゃ、佑久さんの顔、あんまちゃんと見えない」 「!」 「あの時、ステージで言ったまんま」  ―― 本当はこの一万人、とかの人に聴いてもらえないとダメなんだけど、俺は今、たった一人の人に聴かせたくて歌いました。 「俺は、佑久さんに聴いて欲しい」  ――今まではたくさんの人に聴いてもらいたかった。すげぇ、難しい歌を歌って、すげぇってなりたかった。けど、今は、あんまそう思ってなくて。 「だから今、俺が歌手になったってダメだって思うし」  ―― 今は、とにかく、歌が好きだなぁって。ただ歌えるだけでいいやって思って、ます。そんで、その歌をあの子が嬉しそうに、すっげぇ、マジでめちゃくちゃ嬉しそうに聴いてくれるから、もうそれでいいやって、思ってます。 「マジで今、楽しいんだ。それがあのステージじゃなくてもいいよ。ここでかまわない。自己中でいい」 「……」 「今、本当に歌うのが楽しい」 「……」 「だからさ。佑久さん」 「っ」 「あとで笑かすって言ったじゃん」 「っ、だ、て」  涙が勝手に溢れてしまうんだ。 「笑って」 「っ」 「佑久さんを笑わせたいんだ」 「っ」  和磨くんが涙を拭うように僕の頬をまた撫でて、僕のことを引き寄せた。和磨くんが首を傾げて。 「……」  そっと、そのまま唇が重なった。 「っ」 「あとさ」 「?」 「明日、何も予定ないよ」 「!」  和磨くんと久しぶりにキス、できた。  ダメだな、僕は。  このキスをしてしまうと、もう、ほろほろに解けてしまう。 「泊まってくでしょ?」 「!」 「ね?」 「あの」 「泊まってってよ」 「……」 「マジで、ね? 泊まって」 「はい」 「やった」  そして、またふにゃりと笑ってくれた。 「うん」  僕はその笑顔にたまらなくなってしまうんだ。 「お邪魔、します」  しようのないほど君のことが好きで、好きで。やっぱりこうして一緒にいられると、何よりもかけがえのないほど大事で。  鼻歌が出てしまいそうなほど気持ちが舞い上がる  君と夜を一緒に過ごせるって思うだけで、ほら、こんなに。 「ふふ」  胸が躍って、幸せな気持ちが溢れて来るんだ。

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