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第120話 ちょうどいい言葉が見つからなくて

 久しぶりに「いただきます」って二人で言えた。  僕はそれが嬉しくて。少し、変な顔しちゃったのかもしれない。目が合った和磨くんが僕を見て、楽しそうに笑っていた。  使い切らなかったハムの残りは明日の朝、パンに挟んで食べようって話した。  朝ごはんのメニューはこれで決まり。  ちなみに、和磨くんはハム入りのチャーハンは初めてなんだって。  それから、ちょっとだけ乾杯もした。  ライブ、お疲れ様でしたって言ったら、すごく疲れたって、あまり疲れてるとは思えないくらい弾ける笑顔で言っていた。 「たくさん、本なら読んできたつもりなんだけど、でも、なんというか、読む側と作り出す側じゃ、本当に違うんだなぁって思ったんだ。全然ちょうどいい言葉が出てこなくて。あ、それでね、配架の時に小説のタイトルとか眺めながら、なんでこんなに言葉選びが上手いんだろうって考え込んじゃって。すごい顔してたって、あとで言われたりして」 「っぷは、マジで? どんな顔してたの」 「それが、ただただすごい顔としか……」   そこでまた和磨くんがバスルームに響き渡るくらい大きく笑った。   「どんな顔してたんだろうね……僕、基本無表情だから」   「はぁ? ぜっんぜん無表情じゃないから」  そうなんだ。和磨くんには見つかってしまうんだ。誰にも見つかることのなかった僕の気持ちを彼は僕の表情の中から見つけてしまう。 「めっちゃ……」  今、僕はどんな顔、してますか?  今の僕の気持ちが、顔に出てたり、しますか?  僕の濡れた前髪をかき上げて、和磨くんがじっと見つめて。 「可愛い」 「!」  それは僕の気持ちじゃない、です。って、言いたかったけれど、キスで、それは言葉にならなかった。 「マジで、ホント……可愛い」  あ、今。  僕も見つけた。 「あとさ」  今、和磨くんの表情から見つけた。君の気持ちを。 「マジで……」  言葉でならなんていうのがいいのだろう。ありきたりな言葉だけれど「幸せ」が一番近いのかな。君がここにいる、それがただただた嬉しくてたまらない。  本当に、君の隣にいる、これ以上に大事なことなんてない。  そんな気持ちを。 「うん。僕も、です」 「……」 「僕も、マジで、です」  僕らはきっとお互いの表情から見つけた。 「髪、もっとちゃんと乾かしたほうが」  僕は和磨くんにTシャツを借りた。泊まる、ことにさせてもらったし、泊まりたかったけれど、泊まるときの準備はしてなくて。だから、僕が昼間着ていた衣類は今全て丸ごと洗濯機の中。明日の朝まで僕は借りたTシャツ一枚しかない。下のズボンは、ウエストとか足の長さとか色々とサイズが違っていて、もちろん、和磨くんが大きいとかそういうことじゃなくて、ウエストも僕が足りていないだけの話で、足の長さは、単純に僕が短足というだけで。スタイルのいい和磨くんのズボンは、純日本人の本の虫には不釣り合いなだけで。だから借りたのはTシャツだけ。夏だからこれだけでも全然大丈夫。だけど。  ひっくり返って寝転がってしまうと見えてしまいそうで、少しそわそわしてしまう。 「まだ濡れてるよ?」 「んー、平気、待てません」 「でも、風邪」 「待てませーん」 「わっ」  クスクス笑いながら押し倒した和磨くんが僕の首に鼻先を埋めた。 「ちょっとだけ日焼けしてんね」 「え? 僕?」 「そう、首んとこ」  そう言って、和磨くんがTシャツの襟口にキスをした。 「ホント?」  今日は外にいたから。それでも屋外で日差しを浴びたのは半日くらい、かな。たくさんじゃないよ。和磨くんの出番は夕方だったし。それでも日焼けしてしまうくらいに日差し強いんだ。 「元が真っ白だからすっげぇわかりやすい」 「ひゃ、あは」 「そんでTシャツで隠れるところがわかりやすいから、キスマつけやすい」 「あはは」  銀色の髪が頬に触れるとこそばゆくて首を思わず傾げた。 「くすぐったい?」  そう尋ねて、ちょっとだけ顔を上げた和磨くんが僕を見つめて、また、首と肩の間にもっとぐいって鼻先を埋めた。 「あはは、和磨くんっ、ぁはっ」  くすぐったがりなんだ。そんなところ、人に触られたりしないから、和磨くんに出会うまで知らなかったよ。 「……ぁ、は」  僕がくすぐったがり、だなんて。 「ん……」  くすぐりがやんで、目が合って、少しの静けさ。笑い声がぴたりと止んだ。僕はその一瞬の静けさに、なんだか、どきりとしてしまう。 「やば……」 「? ……和磨、くん」  君が印を僕の首筋にくっつけた。  ただそれだけでも嬉しい。 「佑久さんが、ここにいる」 「ぅ……ん」  僕もね、「やば」いんだ。  なんて言ったらいいんだろう。  本ならたくさん読んだのに、なのに、君といると本を読んでいてもちょうどいい言葉が見つからない、なんて言ったら伝わるのかわからない気持ちが生まれる。  ただただすごく嬉しいんだ。  ただただすごくそばにいたいんだ。  ただただすごく――。 「めちゃくちゃ嬉しい」 「ぁ……うんっ、ン」  だから、君と繋がりたくなる。  ちょうどいい言葉が見つからない、けれど、すごく伝えたい。だから、そんな言葉にできない気持ちを交わすように、身体を繋げて、キスをして抱き締め合うんだって、そう思った。

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