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第125話 やっぱり二人一緒がいい。
まさかの、まさかだ。
近藤さんが知ってたなんて。
なのに僕、和磨くんのこと隠したりなんてしちゃったし。隠したいって思ってたこともバレちゃってたし。
でも見つかることも、そりゃあるよね。だって最初の頃はしょっちゅうって言っていいほど会ってた。その間に僕も近藤さんも同じ早番、なんてことだってきっと何度もあっただろうし。同じ早番なら、ほとんど同じタイミングで図書館から出てくることだってあったはず。むしろ会わない方が不思議だったかもしれない。
―― だってあんな目立つ人と椎奈くんだよぉ? たまに早番の時、デートしてたのも知ってたし。
今は前よりもずっと有名になったから、普段、特にこんな駅前とか人が多い場所では、帽子も被ってマスクするようになったけど。和磨くんの銀髪は確かに目立つだろう。
ほら。
「……」
なんとなくわかるし。
洋服とかのセンスだけでもかっこいいって、わかるし。
―― いや、私も早番で偶然見ちゃって、待ち合わせてるとこ。
早番の時、図書館から駅へと直結している道じゃなくて、そのまま下へ階段で降りていく。僕が勤めている図書館はエントランスが二階にあるんだ。その二階から駅の改札口が歩道橋で直結しているんだけど。そっちじゃなくて、下の、この建物の一階部分にあるカフェの方だったり買い物とかで駅に向かうのではない場合は、こっちの階段を使って降りていく。
待ち合わせはその階段を降りて、カフェのあるほうの、街路樹の辺り。カフェのすぐ前はとても明るいし、それにそんなところで待っていると、カフェの中を覗き見しているかのようになってしまうから。だから少しズレらした、あの街路樹の辺りが。
「……」
僕らの待ち合わせ場所。
そこに、和磨くんがいた。今日はとても暑かったから、白いTシャツに少しサイズの大きなジーンズのズボン。それから足首まである白いスニーカー。帽子も白。マスクは黒。
かっこいい。
ズボンのポケットに突っ込んでいた手を出して、時計を見た。きっとそろそろ仕事終わったかなって思っている、のかもしれない。
大学の講義が終わって、何も用事がないと少しだけ和磨くんの方が早く待ち合わせの場所に来てしまうんだ。待たせてしまうの、申し訳なくて、いつも大急ぎで階段降りるのだけれど。それでもやっぱり和磨くんの方が早くて。
僕のことを待っていてくれる姿に胸がキュってした。
蝶々結びの最後、キュってリボンを引っ張って、結び目を絞るみたいに。
気持ちがキュって。
そうだ。
「……」
うん。
ちょっとだけ。
僕らしからぬことを考えた。
僕の声じゃすぐに気が付かれてしまうかな。彼は音楽家だもの。ミュージシャンは耳、きっといいでしょう? 声なんてすぐに聞き分けてしまいそう。あとはしっかりと、背後から、そっとそっと。まだかなって、そっぽを向いた時がいいよ。駅前の夕暮れ時、行き交う人の背中を少しだけ、隠れ蓑にさせてもらいながら近づくのがいいかもしれない。顔を上げてしまうと見つかってしまうから。少し俯きながらがいいかな。そして、そっと、そーっと近づいて。
あ。
今だ。
ほら、そっぽを向いた。
今。
「お、にーさん……今、お暇、で、スカっ」
よく和磨くんが僕にする悪戯をしてみた。
びっくり、くらいはしてくれるかなって思って。
ちょっとくらいは目を丸くしてくれるかなって、思って。
僕は何度かこの悪戯に飛び上がったから。
ちょっぴりでも彼の驚いた顔。
「………………っぷ、っぷくくく」
見たかったんだけど。
「っぷは、も、マジで、何してんの? 佑久さん」
「ぇ、えぇぇ」
見られたのは、お腹を抱えて笑うのを一生懸命に堪えて。
「あははは」
けれど堪えきれずに笑った和磨くんだった。
「いや、そんな残念そうな顔しないでよ。つーか、階段降りてきた時点で分かってたし」
「えぇ」
「けど、なんかコソコソし出したからなんだろうって思ってさ」
「えー」
「そしたら、そんな可愛いことすんだもん。もう、どうしようかと思った」
僕も今、どうしようかと思ってます。まさか、悪戯しようとしていたのが最初からバレてしまっていたなんて、恥ずかしい。君よりずっと年上なのに、なんだか僕の方が年下みたいで、かまってもらってるみたいで。
「俺が佑久さんのこと見つけないわけないじゃん」
「?」
「こんな可愛い人、すぐに見つけられるでしょ」
そんなことないよ。今日は仕事の後だか図書館に合う仕事着だし。そもそも地味だもの。和磨くんみたいに洗練された感じなんてないのだから、こうして行き交う人に紛れてしまえば、砂粒みたいにわからなくなってしまう。
「佑久さん見つけるのなんて、五秒もかかんないって」
「そんなこと」
「じゃなかったら、酔っ払ってほぼ泥酔状態なのに、ナンパみたいに声かけてイヤホンで俺の歌聴かせてアピったりしなくね?」
「! あ、あの時は」
「こんな感じの子いたっけ?」
「?」
首を傾げると、和磨くんがふわりと笑った。
「声、好み。色で例えるならアッシュグレーって感じ。俺の好きな色」
「!」
「肌、白」
「……」
「手、華奢、すげーキレー。こんな子いたっけ? ま、いっか」
「……」
そこで和磨くんがまた笑った。
笑って、僕の、今日はちゃんとできたふわふわな前髪に触れて、夏の暑さが染み込んでるしっとりとした熱のこもった風から守ってくれた。
「いいな。こういう感じの子、って」
――オオカミサン、怖そうだけど、椎奈くんの前だとすっごく優しそうだったし。
「思って、アピったくらい、佑久さんにほぼ一目惚れしたんだけど?」
そう言いながら、優しく、柔らかく、胸がキュッと切なくなるほど愛しさの混ざった笑みをくれた。
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