126 / 131
第126話 ブランコ
「まぁ、俺、自覚あったけどね」
「あったのっ?」
僕の大きな声に、和磨くんは少しポカンとしてる。
とても驚いた。一瞬、歩いていた足がピタリと止まるくらいに。そんな僕のほうへと振り返った和磨くんが僕の手を掴んでまた歩き出す。
今日、僕が早番で終わるからと迎えに来てくれて、このままお祝いをしてもらうことになっているんだ。
僕らの、正確にいうと僕の、かな。
僕が和磨くんの部屋にとりあえず引越ししたから。ついこの前のこと。
それを僕らのことを知っていてくれる若葉さんたちにお祝いしてもらえることになっていて。
今、そのお店へと向かっている最中だった。
「むしろ、俺、隠してなかったし」
「そうなのっ?」
コクンと頷いてから、あははって、カラリと晴れた青空みたいに和磨くんが笑って、繋いだ手をブランコみたいに揺らした。
「今もフツーに、手、繋いでるじゃん」
「そ、そうだけどっ」
僕は、まだ少し驚きながら。たしかにだいたいの人は男性同士で手、繋がないなって、気がついて。
けれど、手を離すべき、とも思わなくて。
近藤さんが僕が「オオカミサン」と付き合ってること知っていたんだと、少し恐る恐る訊いたのに、和磨くんは驚くことも、戸惑うこともなかった。
でも、とても有名人なんだよ?
もちろん近藤さんは故意に誰彼構わず言ってまわるようなこと……多分……しないと思うけれど。多分、だけれど。でも近藤さんがわかってしまったのなら、他にも「おやっ?」と思う人がいるかもしれない。とりあえずプロデビューはなくなったけれど、でも、有名人なのは変わりなくて、今だって帽子とマスクは必需品なのに。
「すっごいデレてる自覚あるし」
「デレっ?」
「つーか、むしろ周りに言ってまわりたいし」
「ええっ! ダメでしょう?」
大変なことだよ。
「っていうか」
そこで和磨くんが口をへの字に曲げて、僕の方をじっとりと見つめた。
「市木崎に告られたでしょ」
「!」
「だから、むしろ佑久さんの恋人が誰か知れ渡ってて欲しい」
「あ、あれはっ」
告白、は確かにしてもらったけれど、でも、市木崎くんが好きになってくれたのは、僕、というか、和磨くんと出会って変わった僕、であって。本当はそんなに市木崎くんに好きになってもらえるようなところないんだ。僕には。
市木崎くんはとても好きだけれど、でも、和磨くん、なんだ。
「ね、佑久さん」
「?」
「なんで市木崎フッたの?」
「……」
「あいつ、すげぇ良い奴で、気が利くし、包容力ハンパないし、あいつの恋人になれる奴は絶対に幸せになれると思うよ」
でも、和磨くん、なんだ。
「ぶっちゃけ、あいつからそれ聞いた時、少し、どころじゃなく、かなりやばいって思ったし」
でも、和磨くん、だよ。
「もちろん、そこで諦めて、手、離すつもりはなかったけど」
和磨くんがその言葉を証明するかのように繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
「でも、俺にはあんな包容力ないし、ガキだし」
それでも、どうしたって和磨くん、なんだ。
「市木崎くんはすごく好きだけど」
「……」
「断るよ。だって、特別だから」
「……」
「和磨くんは僕の特別なんだ」
だから、僕も手をぎゅって握り返した。
「僕には魅力的なとこ、ないよ。ないけど、君に好きになってもらいたくて、色々してみたりする」
服装だったり、髪型だったり。気持ちを伝える努力をしたり。君を捕まえたくて手を必死に伸ばしてみたり。
「なんでも、する」
本当だよ。
「和磨くんに好かれるために、なんだって」
今だって、君の手を、ほら、ぎゅって握って離さない、でしょう?
「でもそこまでして好きになってもらいたいって思うのは和磨くんだからなんだ」
君に出会う前の僕を知ったら、君は笑ってしまうんじゃないかな。何があっても俯いてばかりで、話してもあまり聞き取ってもらえないからと、無口ですって顔をして、いつだって目線は手元に広げた本の中にだけ向いている。本が悪いわけじゃないけれど、僕は本しかいらなかったから。そんなこと、ないでしょう? 上を見上げれば空があって、足元を見れば花や植物が生きていて、目の前を見れば、色々な人がいる。僕はそんな全部に興味ないって顔をしてたんだ。
それはきっともったいないことだって、君は言うでしょう?
僕もそう、思うもの。
だって今の僕は確かに昔の僕よりも楽しい毎日を過ごしてる。前の僕よりもドキドキしてる。笑ってる。泣いたり、落ち込んだりもしたけれど、確かに、日々が生き生きしてる。
そんなふうになれたのは君だから。
君とだから。
ね? だから。
「和磨くん以外なんてこと、僕にはないよ」
「……」
僕はこの手をぎゅーってしたまま離さないんだ。
「ああああもう!」
「!」
「帰りたいんだけどっ!」
「え、えぇ? なんで」
「帰って、イチャイチャしたいんだけど」
「……っぷ、ふふふ」
そうだね。僕も、イチャイチャしたい、です。
「なんでそんなに可愛いかなぁ」
「ふふ」
それは君に好かれたい一心だからだよ。
「でも」
「?」
「市木崎くん、本当にかっこいいし、好きだよ」
「は?」
「優しいし」
「はぁ?」
「僕にはもったいないよ」
「いや、もったいなくはないけど、あ、けど、お似合いなのは俺だからっ、そんで、あいつはあいつで大丈夫だし、つーか、さらっとあいつのこと好きって言ったよね? ね? 今、ダメだから! マジで」
「ふふ」
「いや、笑いことじゃないから!」
「ふふふ」
「ふふふって可愛い顔して笑ってる場合じゃないからっ」
そして焦ってくれるのがとても、とっても嬉しくて、僕は少し意地悪に笑いながら、今度は僕から繋いだ手をブンブンとブランコみたいに振ってみた。
ともだちにシェアしよう!