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第127話 楽しいひととき
素敵なお店だ。
イタリアンのお店。
羊のお肉とチーズとワインがすごく評判のお店なんだって言ってた。羊なんて食べたことがなくて、僕な内心かなり緊張した。だって、お店の中も洗練された感じで。お店に入ると最初に目に飛び込んでくるのは中央にあるカウンター。中には調理の人が踊るようにあっちこっちへと移動しながらカウンターにずらりと並んで座っているお客さんへ料理を振る舞っていた。その頭上にはグラスがいくつも逆さまになってぶら下がっているのだけれど、そこに上手に照明が当たって、まるでシャンデリアみたいにキラキラと輝いている。
若葉さんが予約してくれたって言ってた。
個室はなくて全部オープンスペースなのに、とても落ち着いた雰囲気。そこかしこにある観葉植物のせいかな。空気も澄んでいる気がする。
「そんなに褒めてくれるのなら、やっぱり俺にすればいいのに」
そう言って市木崎くんがにっこりと正面に座る僕へと微笑んで。
「だから、いやだって言っただろ」
そう言って、和磨くんがちっとも笑わずに、僕と肩がぎゅっとくっついてしまうくらいに席を詰めた。そんなことしなくても二人がけのベンチタイプのイスには充分な広さがある。向かい合わせで座っている反対側、市木崎くんと若葉さんの間にはもう一人くらいなら入れそうなくらいのスペースがあって、テーブルも広いけれど。僕らだけまるで満員電車みたいにぎゅうぎゅうにくっついてる。
「いやって子どもじゃないんだから。ね、佑久さんもそう思うでしょ?」
「……ぁ」
「つーか、どさくさ紛れに俺と同じに名前呼びするなよ。佑久さんって」
「いーじゃん。椎奈さんじゃ距離あるじゃん」
「距離、あるだろうが」
「じゃあ、和磨がもうちょっと距離詰めた呼び方すればいいだろ。それに俺、全然諦めてないから。ね? 佑久さんも、次、こいつが泣かすようなことしたら俺にしなよ。俺、絶対に泣かさないし」
「あの」
「俺も泣かさないし。っていうか、いやだっつうの」
「あの」
「俺、包容力と一途さと、そうだな、絶対にそばにいて守るナイトレベルすごく高いよ」
そこで市木崎くんが本当に王子様のように微笑んだ。まるでおとぎ話に出てくる完璧な王子様みたいに。
「あの、ですね」
「はぁ、大変だねぇ。佑久くん」
「若葉さん」
市木崎くんと和磨くんの押し問答にとても困っていた僕の様子を見て、とても楽しそうに若葉さんが笑っていた。頬杖をついて、白ワインの入ったグラスをくるりと回すと、中の琥珀色のワインが軽やかに波打って、まるでそのままワインのポスターにでもなれそうだった。美味しいワイン、入荷しました、とかフレーズがくっついていそう。そして僕のキャッチフレーズのセンスのなさにちょっと苦笑い。
「ね、佑久くん、少し前髪伸びたね。今度私が切ってあげようか」
「え」
「うんと素敵にしてあげる。今の感じもすごくいいんだけど、せっかく綺麗な顔してるんだもん。もう少し目元が目立つ感じにして。トップがふんわりするように。本当は少し色足してあげるといい感じなんだけど、でも佑久くんの黒髪もすごく素敵だもんね。あー、でも、長めの前髪もいいよねぇ。女子受け最高だし。少しミステリアスな感じでさ。本を読む美青年って感じ。耳にいい感じにかかるくらいにしてもいいかも。襟足はしっかり短くして。うんうん」
「あ、あのっ」
さっきからすごく僕のこととは思えない発言がいっぱいで。綺麗な顔もしてないし。黒髪も素敵だからとこうしてるわけじゃなくて、ただ、僕みたいなのがカラーリングをしてみても、背伸びした中学生みたいになるでしょう? 女の子受け、なんてこと、皆無です。ミステリアスなんじゃなくて無愛想なだけです。そして何より「美青年」からは程遠い、です。ちっともです。
どこにでもいる、ただの地味な。
「あの、僕全然」
「若葉! これ以上、佑久さんのこと好きになる奴増やすようなことするなよ」
「ぜんぜ、」
「ほら、そういうとこだよ。和磨の器の小ささ。そんなだから、あのハルでコラボした彼女が佑久さんに嫌がらせしたりするんだろ。もう少し」
「ぜん、」
「よくないけど、いーんだよ。あの人はもデビューもしない俺には興味ないだろうし。つか、俺は必死なの」
「ぜ、」
「恋人が魅力的になるのを邪魔する小さな奴やめて俺にしなよ。ね? 佑久さん」
「ぜ」
「だーかーら」
全然ただの地味な司書です。
そう言いた、かったんだけど。
全然、喋れない、です。
一応、僕の引越し祝いをしてもらえるはず、なのだけれど。
「っぷ、あはははは、めっちゃ面白いねぇ。はぁ、ここ最近で一番面白かった。リアルが小説よりも面白いなんてことあるんだね。あ、そうだ、佑久くん、あの作家さんのコラム」
「あ、はい! 知ってます!」
僕らが共通で好きな恋愛小説家の先生。
「本にまとまったんだよね」
「そうなんです!」
「すごい人気って」
「僕、まだ買ってなくて」
「めちゃくちゃ良かったよ。あの先生ってさぁ」
「あ、そうなんですよね。あの先生って」
「ちょー! そこ! 趣味の小説トークで佑久さん占領すんなよっ」
楽しいな。
「そんなわけで私からの引っ越し祝いね」
「!」
「このコラム読んで、溺愛するのもされるのも素敵って思ったんだよね。バカップル眺めてるとお酒が進むわぁ」
すごくすごく楽しくて。
「わ、ぁっ、ありがとうございます」
気がついたら、気持ちが踊っていた。最初、素敵すぎるお店に緊張していたのに。ほら、あのグラスがシャンデリアみたいに輝くように、僕も気持ちがキラキラしてた。
キラキラってして、ずっと笑っていた。
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