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第128話 一緒に、同じ、帰り道

 ふわふわする。  ワインって、美味しいんだね。前に一度飲んだ時はあまり美味しいと思わなかったけどなぁ。  お肉とも合うなんて知らなかったよ。ほら、よくお肉には赤ワイン、お魚に白ワインっていうでしょう? でも僕はちょっと赤ワインは苦手で。でも、白ワインも今日初めてこんなに美味しいんだって知ったから、また別の機会にどこかで赤ワインを飲んでみるのもいいかもしれない。 「佑久さん」 「は、ぃ」  キラキラ、してた。  お店の中、あのグラス本当にシャンデリアみたいだったなぁ。あとカウンターのところでグラスに入ったロウソクがユラユラ揺れていて、とても素敵だった。 「大丈夫?」  ふわふわ。  僕の、今日、若葉さんに褒めてもらえた前髪みたい。  キラキラ。  和磨くんの綺麗な銀色の髪みたい。  ユラユラ。  僕らの繋いだ手みたい。 「結構酔ってるでしょ?」  ね? ほら、ユラユラ、ブランコみたいに揺れている。 「けど、楽しかった?」 「うん、とても」  なんだか、市木崎くんがね。あんなふうに笑うんだぁって思ったよ。すごく完璧、って感じの人って思ってたから。かっこよくて、とてもスマートでなんでもできて誰に対しても優しくて、いつも朗らか。でも、和磨くんと話してる時も、僕とおしゃべりしてくれる時も、なんだか前までと違ってた。大きく口を開けて、目を瞑って、ちょっと目尻のところをくしゃっとさせて笑う。子どもっぽい無邪気な笑い方をする人なんだって思った。とても素敵な笑顔だなぁって思った。  とても魅力的ですって、思わず言っちゃったくらい。  そしたら、また同じように無邪気に笑いながら、じゃあ俺にしなよって言ってた。和磨くんがそれを大慌てで邪魔してくるのがちょっと面白かったよ。 「二次会のカラオケ、行かなくてよかった? 俺、歌うのに」 「でも、僕も歌わないとでしょう?」 「オオカミサン」の歌に慣れ親しんでいる僕を含めたみんなには到底聞かせられないよ。僕の歌。  あ、でも若葉さんの歌、ちょっと聞いてみたかったけど。上手そうだよね。若葉さん。声も素敵だし。澄んだ声だから。本当に今度、お言葉に甘えて髪切ってもらおうかなぁ。 「なんで、いーじゃん。佑久さんの歌、俺好きなのに」  そしたら、少し素敵になれるかな。  そしたら、もう少したくさん、和磨くんに好きになってもらえるかな。 「えぇ……やだよ。下手だもの」  ワインは、酔っ払っちゃうみたいだ。ほら、僕は今、気がついたもの。電車の中だってこと。それに、ね、今とても心地いい。きっと雲の上を歩くのはこのくらいに楽しいことな気がする。 「酔っ払い佑久さん、座るよ」 「うん」  手を繋いだまま、いくつか席が空き出したシートの中、和磨くんと並んで座った。 「楽しかったね」 「っぷは、酔っ払い」 「?」 「今さっき、俺が楽しかったって訊いたじゃん」 「……そっか」 「そうです」  そうだったかも。  和磨くんがちょっと白ワインにクラクラしている僕を見て、笑ったのが帽子と、マスクの隙間から見えた。  目を細めて笑うの、とてもかっこいいんだ。  そうやって笑ってもらうとドキドキしてしまう。 「あの時も、飲み会の帰りだったんだっけ?」 「あ、うん」 「酒、強いよね。一緒に晩飯食べてた時もさ、結構飲んでも変わらなかったじゃん?」 「うん。今日は特別。楽しくて」 「そっか」  そうなんだ。楽しくてついつい飲みすぎてしまったんだ。そんなこと前はなかったのにね。いつも早く帰りたかった。和磨くんと二人でご飯を外でよく食べていた時は、もうこんな時間になっちゃったって驚いて、急いでお店を出たりした。そんなことも、前はなかったのにさ。いつだって、早く帰って一人で小説を読んでいたかった。 「和磨くんは前の方が強かったの?」 「?」 「今、あんまり酔ってない、みたい。でもあの時は酔っ払ってた」 「あー……そうかも、ね」 「?」 「あの時は、退屈だったから」  そう言って、もう真っ暗で四角い明かり、民家のシルエットが並ぶ中に切り取られて貼り付けたように煌々と明るく照らす四角い窓の形をした明かりを目で追っている。 「飲み会とか行っても退屈だからよく飲みすぎてた」 「……」 「今は佑久さんがいるから、飲むより楽しい」 「……」 「だから、強くはなってないんじゃん?」  マスクの鼻先部分を指で摘んで、少し、場所を整えてから、またパッと手を離す。鼻先を触るようなその仕草は照れ隠しの仕草。 「…………」 「佑久さん?」  僕はじっと和磨くんを見つめて。  それから少し、僕はマスクをしていないから口をへの字にしたのを和磨くんが気がついて。どうかしたのだろうかとちょっとだけ心配そうな顔をしている。 「僕も楽しいです」 「……」 「すごく楽しいです」 「うん」 「だから、退屈で飲んじゃったわけじゃないですっ」 「うん」 「はい」 「あれだね」 「?」 「酔っ払いの佑久さん、半端なく可愛いんだけど」  そう、ですか? フラフラ、ユラユラ、変な人みたいじゃないですか? 僕は、あの時、ひょえぇって思っちゃったけれど。僕の方に倒れ込んできたらどうしようって。  でも、それなら、よかった。 「…………ふふ、ありがとうございます」  ただの酔っ払いだけれど君に可愛いと思ってもらえたらのなら、たくさん飲んで、よかった、です、と僕は笑った。  笑ったら、君がまたマスクの鼻先を摘んで、ちょっとだけ困った顔をしていた。

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