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第131話 夏色のはためく恋

 君の歌声は、僕を動かす不思議な力があるんだ。  外を歩いてみよう。  空を見上げてみよう。  星を眺めてみよう。  街へ出かけよう。  笑ってみよう。  泣いてみよう。  ほら、たくさん僕を動かす。  踊って、走って、転んで、立ち上がって。  君まで手が届くように、驚くくらいのジャンプ力をくれたりもする。  一万人もの人を前に歌う人のオリジナルソングにおこがましくも歌詞を付けようとしてみたりもしちゃうんだ。  しかたがないよ。  それは、衝撃、だったのだから。  音のない世界から、君の声を聞いた瞬間、君の歌を聴いた瞬間、世界へ飛び出す力をくれる。  それは、感電、だったのだから。  ビビビッてきちゃったんだ。  僕は――。 「やっぱ佑久さん、歌詞上手だよ」  ベランダで日向ぼっこをしてた君が僕はまだ堪能していたかった歌をやめて、そう呟いた。いつから背後の一等席で聴いていたのを知っていたんだろう。聴き入っていた僕へと振り返り、笑った。 「全然だよ……」 「俺はすげぇ好き。佑久、さんの歌詞」  振り返った君の頭上を、夏の強い日差しのおかげで、あっという間に乾いてくれたシーツがハタハタと心地良さそうに、鯉のぼりみたいにそよいでる。 「言葉の使い方とかさ。やっぱ本たくさん読むからかなぁ。佑久、さんと話してる時みたいに優しい気持ちになれる」 「そう? 普通だと思うよ」 「違うんだなー。声かなー。なんだろ……とにかく、すげえいい」 「ありがと」  たいして褒め言葉も見つからないけど、と不服そう。でも、シンプルな褒め言葉が僕にはとても嬉しいよって、僕は笑って。笑ったら、君がパッと表情を明るくした。  まるでてんとう虫を見つけた時みたい。  夕立ちの後に虹を見つけた時みたい。  かじった果物がとても甘くて美味しかった時みたい。 「今日はすげぇ、いい天気」  小さく細やかなことさえ、嬉しくなれるんだ。 「うん」  風が気持ちいい。  ベランダに座りながら、君は少し笑いつつ、いっぱい駆け抜けていく夏の風を堪能するみたいに目を閉じた。銀色の髪がその夏風に揺れて、キラキラしてる。 「今日は昼飯、ここで食おっか」 「うん。いいね」 「佑久、さん、何食いたい?」  さっきから。  僕は君に呼ばれる度に少し笑いそうになっちゃうんだ。 「ね、なんで、僕を呼ぶ時、さん、がちょっと小さいの?」  それになんだか、毎回、ちょっとつっかえてる。  でも実はなぜなのかなんて訊かなくても、わかってたりするんだ。理由も、わかっちゃってたり、する。 「佑久って呼んでいいのに」 「!」 「でも呼びにくいなら、今までと同じでも全然」 「!」  ほら、市木崎くんが僕のこと、佑久さん、って呼ぶから。 「無理して、さん、取らなくても」 「無理、とかじゃないし」 「そう?」 「全然、フツーに」  かっよくて、強くて、素敵な君に呼んでもらえるのは別物なんだ。自分の名前すら宝物になるんだよ? 「けど、なんか、あいつ、市木崎も佑久さんのこと、そう呼ぶし、だから俺は」 「うん」 「なんとなく」 「うん」 「佑久って……ガキっぽいけど」 「ううん」  風がそよそよ気持ちいい。 「和磨くんにそう呼ばれるのドキドキする」 「!」 「ふふ」  夏だね。少し暑くて、風が僕らの周りを踊ると、涼しくて気持ちがいいよ。 「な、なんかっ」 「?」 「もおおおお、そんなだから市木崎も佑久、に、落ちるんじゃん」 「えぇ? そんなって言われても」 「可愛い通り越して綺麗なんだけど」  そんなわけないでしょう。僕、男性だし。その形容詞が当てはまるほどの美貌は持っていない自信ならあるよ。 「いや、マジでさ、ホント」  和磨くんが膝を抱えて、その腕に顔を乗せるように僕の方だけを見つめて、少年みたいに口を尖らせた。 「マジでずっと俺のこと好きでいてよ」  ねぇ、笑っちゃいそうになったよ。 「うん。もちろん、です」  まさか、フォロワー数一万九千人、プロアーティストとコラボ配信した『ハル』が五百万回再生された人気歌い手さん、なのに、そんなこと言うから。 「ふふ」  笑っちゃったよ。  そんなの、言われなくてもなのに。君のことずっとずっと好きでいるのなんて。 「あのね」 「?」 「僕、今度、児童書の音読会、参加してみようかと思って。図書館で、やってる子ども向けの活動。和磨くん、僕の声、褒めてくれるでしょう?」 「! いーじゃん! マジで? 俺も聞きたい!」 「えぇ? 未就学児の中に混ざるの?」 「いーじゃん!」  そうだね。それでもなんだか和磨くんは馴染んで楽しそうにしている気がする。不思議な魅力のある人だから。 「じゃあ、その時は和磨くんに招待状持ってくるよ。ただのチラシだけど」 「ぜひ! つーか、佑久、は、俺のこと変わらず和磨くんって」 「だって、和磨くんの方がしっくり来るんだもん。僕が和磨って呼ぶのなんか変でしょ?」 「んー、まぁ」 「だから、和磨くんも僕のこと、いつも通りでいいのに」 「え、やだ!」 「ふふ、負けず嫌い」 「だって」 「でも僕には全然同じに聞こえないよ」  またそこで風がふわりと僕らの周りを駆けていった。暑いですね、って言いながら。 「和磨くんに名前、呼んでもらえるおと、いつもドキドキするもの」  気持ちがふわっとジャンプする。 「けど、佑久!」 「うん」  ほら、ふわって。 「佑久っ」 「はい」  ふわふわ。 「はーい」 「いや、今、まだ呼んでない」 「ふふふ」  ふわり。 「和磨くん」 「?」 「お昼、おにぎりつくろうよ」  夏の風にはためく白いシーツみたいに。銀色のそよぐ君の髪みたいに。デートで買ったお揃いの家着の真っ白なTシャツみたいに。ちょっと前にプリントがあって、それがおかしくて、二人で笑いながら絶対にこれお揃いで着たいねって言って買ったんだ。 「ここでピクニック」  夏の青い空と白い入道雲の下、僕らは日向ぼっこをしながら、今日は君とピクニックをしよう。  そして、僕は特等席で君の歌声を堪能しちゃうんだ。僕の言葉を乗せた君のメロディを、この屋外ステージで独り占めしてしまおう。  うん。そうしよう。 「佑久」 「……はい」  そして、笑って、キスをしよう。

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