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メリークリスマス編 1 赤と黄色と、それからオレンジ
冬の空はどうしてこんなに高いのだろう。
清々しくて、なんて気持ちがいいのだろう。
空に手を伸ばしたところで触れるわけではないけれど。
忘れ物のように、真っ青な中に漂う小さなひとかけらの雲を摘んでみたりはできないけれど、それでも手を伸ばしてみたくなる高い高い、広い空を見上げた。
ここで、和磨くんが歌ったら、とても綺麗に空に響き渡るんだろうなぁって。
「えっと……」
なんて、ほうけている場合じゃないんだった。
えっと、えっと。
まずは手を、指を揉む。
「んむ」
揉む。
揉む揉む、揉む。
「んー」
それからぎゅっと握って。
「……」
パッと広げて。
「わっ!」
その手に突然、ハイタッチをされて僕は思わず声を上げてしまった。
「っぷは。何してんの? 佑久」
「! 和磨くん!」
「待った?」
「う、ううん、今、来たとこ」
「……本当にぃ?」
「う、うん」
本当は、本当じゃないけれど。
実はけっこう前に着いてた、けれど。
「う、うんっ」
もう一度、大きくしっかりと頷いてみせた。
「んー?」
本当かね? と訝しむ名探偵のように表情をしかめられて、僕は慌ててもう一度大きく頷く。
「そ、それよりっ! 大丈夫だった? 遅れるかもって言ってたから、大変じゃなかった?」
「ぜーんぜん」
本当に本当に?
今度は僕が覗き込んだ。
だって、今日は他の歌い手さんとコラボでの動画収録があった。それが終わるのがお昼前なんだって教えてもらった。
僕はちょうど、そう、本当にちょうどね、その日に絵本の読み聞かせ講座があったんだ。
読み聞かせを僕もするようになって、もう少し上手になれないだろうかと考えていたところだから、ちょっと気になってしまって。
講座。
休日だけれど、行ってみたいなぁなんて。
行ってみようかなぁなんて。
読書の秋、というにはもうそろそろ秋の気配は薄れて冬のにおいがし始めたから、そんな読書の秋も終わりかけて、読書したい人も減ってきて、図書館、忙しくなくなるかなぁ、と。つまりは土日の一般的な休日でも有休使っても大丈夫でしょうか? なんて。
思ったんだ。
「講演、何時からだっけ?」
決して、和磨くんの予定がお昼前までで。
僕の行ってみたい講座が十四時からで。
「あ、えっと、二時、です」
ちょうど二時間ほど。その、なんというか。
「やった。ランチデートできんじゃん」
「!」
いえいえ、そんな、神様、決して僕はそんなそんな計算したりはしてないです。和磨くんとランチデートができるかもしれないなんて思いながら「所長、すみません。来週の土曜日、お休みいただけないでしょうか?」なんて言っていません。
もちろん、「大丈夫よ。申請出しておいてね」と言われて。
わーい! やった! なんて大喜びも……。
「どこで食おっか」
ちょっとしました。
「佑久、何食いたい?」
ちょっと、ううん、たくさん喜びました。
「あ、僕は」
「うん」
「ここに来る途中、すごく美味しそうなにおいのするカレー屋さん見つけた」
「あ、マジ?」
だって僕は図書館で働いているので基本土日はお仕事で。
和磨くんは大学生だから基本平日は勉強があって。
「じゃあ、そこ決定」
「でもっ、和磨くんは? 何か食べたいものとか」
和磨くんは大人気の歌い手さんでもあるから、大学以外も色々あって忙しくて。
一緒に住んでいて、一緒のベッドで寝て、一緒にご飯を食べているけれど、あんまり、こうやって外で過ごす時間は作れないから。
デ。
「んー、とくには、佑久と過ごしたいだけだし」
デート、が。
「デート」
「!」
「したかっただけだし」
したかったんです。
「ほい、佑久」
「!」
同じことを思っていた。僕の気持ちがそっくりそのまま、和磨くんの気持ちのところにもあった。
「手」
大きな手はマイクをぎゅっと握るととてもかっこいいんだ。ゴツゴツとしたシルバーのアクセサリーがとてもよく似合っている。僕がすると、おいおい大丈夫? とアクセサリーたちが不安げにユラユラ揺れてしまうから不恰好になってしまうのだけれど。
その指輪がよく似合うかっこいい手が僕のことを待ってくれていた。
「……はい」
「っぷは、お手みたい」
「!」
だって、差し出された手にどう触れるのがかっこいいのかなんてわからないよ。
「カレーかぁ、佑久はナン派? 米派?」
「あ、僕はお米派」
「だよなー。やっぱ日本人は米でしょ」
髪の先までかっこいいんだ。銀色の髪が、夏はキラキラと眩しいほど輝いていた。秋の空、特に夕暮れ時に、ごくたまに、ご褒美みたいに夕焼け空が特別綺麗な色を見せてくれる時がある。その特別綺麗な空は強烈なほど世界中を見事に、空気も建物も、全部その夕暮れ時のオレンジ混じりのピンク色に染め上げる。もちろん、和磨くんの銀色の髪も。見惚れてしまうほど空と同じ色に染まるんだ。
そして、今は。
「? 佑久?」
ふふ、って、僕は笑った。
どこもかしこもカッコよくて、とにかくかっこいい和磨くんの頭の上。
「葉っぱ」
ほら、お髪が乱れてしまいますよ、帽子でもどうぞ。
そう、ちょっと冷たくて、けれどどこからか焼き芋だったり、カレーだったり、美味しそうなランチタイムの匂いを運んでくれる北風が優しく彼の頭に葉っぱを乗せてくれた。赤と黄色、オレンジに茶色。秋の色をたくさん詰め込んだ小さな葉っぱを。
それを取って上げた。
「ありがと、佑久」
彼は僕と手を繋いでくれているから、その手の代わりに取ってあげたんだ。
「どういたしまして」
そして、優しい和磨くんの笑顔に僕の気持ちが赤と黄色、オレンジ色、あったかい色に染まっていた。
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