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メリークリスマス編 3 両想い

「たっくん!」  講演会が終わって、ぞろぞろとみんなが会議室を出ていく中、壇上にいた彼女から駆け寄って来てくれた。 「久しぶり!」  凛花ちゃん。  僕の父方の親戚で、歳は僕より三つ上。一番年の近いいとこだった。  お正月には毎年一緒に遊んでいた。僕は人見知りをするけれど、凛花ちゃんは人見知りをしない。一年で二回、お盆とお正月にしか顔を合わせることのない親戚の中なんていうのは、どんな場所よりも苦手だった。そんな僕にもお構いなしに話しかけてくる子で、いつも戸惑う暇もないくらいに、あっという間に僕の手を引いて、あっちで遊ぼう。こっちでこれで遊ぼうって連れ回してくれるんだ。だからお正月はずっと一緒にいたっけ。  家族のように親しげに話してくる親戚は僕にとって戸惑うばかりの存在で、楽しい夏休みと冬休みの中で数少ない憂鬱なイベントだったから、とても助かったんだ。そして、すごいなぁ、僕には到底できそうにないと感心していた。  性別は違うけれど、幼い頃は顔も見ていて、凛花ちゃんがショートカットだったこともあって、双子みたいだって親戚によく言われた。大人しい方が僕で、活発な方が凛花ちゃん。そう酔っ払い出した親戚が僕らのことをいつも話していた。 「わー、すごいすごい、こんな偶然あるんだねっ」 「う、うん」  まさかこんな場所で会うなんて。 「私の初講演会どうだった?」 「う、うん」  昔と変わらない。毎回毎回人見知りしてしまう僕のことは構わずたくさん話しかけてくれる。 「んもー、すっごい緊張しちゃって、噛みまくっちゃった」 「でも上手だったよ。わかりやすかった」 「ほんと? わー、嬉しい! 私、ボランティアで読み聞かせしてるんだぁ。その会でね、こういう活動もしてて、やってみないかって」 「うん。凛花ちゃん、小さい頃から本好きだもんね。今も出版社に?」 「経理だけどねぇ。本好きなら、たっくんもでしょ? 司書してるんだもんね? おじさんが言ってた」 「あ、うん」 「…………そちらの方は?」 「あ、えっと」  和磨くんが、ポカン、ってしてた。 「あ、えっと、あのっ」  不思議、だよね。講演が終わったら急に講師の先生が親しげに僕に話しかけてきたりしたら。僕は、突然のことすぎて、どうしたらいいのかわからないままだったし。ほら、その「おーい、凛花ちゃん、久しぶり」なんて壇上にいる彼女に言うわけにもいかないでしょ? それで、困ってるうちに講演そのものが終わってしまって。 「こんにちは〜、俺、澤井和馬って言います」 「あ、初めまして、私、たっくんのいとこの凛花って言います。椎奈凛花」  あ。 「たっくんのお友達?」 「あ、はい」  どうしよう。  ねぇ、あの、どうしよう。  凛花ちゃん、僕に似てるんだ。今だって言われるくらい。そう。一昨年、お正月に会った時、大叔父さんに言われた。大人になってもそっくりだなぁって。それから、ちょっとおしゃべりをたくさんしすぎる、佐藤の叔母さんにも、そっくりねぇ、性格まるで違うのにねぇって。それから今年二歳になった、姪っ子には、僕、「リーカ」って、凛花ちゃんと間違われて呼ばれたまま、誤解を解くことは叶わなかった。  つまり、その。 「あ、あのっ、ごめんっ、凛花ちゃん」 「? たっくん?」 「ぼ、僕ら、急いでるからっ」 「あ、うん。また講演来てね。っていうか、もしよかったらうちの読み聞かせ会に入って」 「そ、それは無理そうっ、忙しいのでっ、なので、バイバイっ!」  つまり、そっくりなんだ。ちょっとだけ僕よりも背が小さくて、ちょっとだけ目が大きいけれど。  凛花ちゃん、ショートカットだし。本が好きで、顔、似てるんだ。 「バイバイっ!」  だから、もう一度、今度はもっとしっかりとバイバイをして、大股歩きでその場を後にした。その場から。 「佑久?」  和磨くんをとにかく大急ぎで連れ出した。 「講演会、勉強になった?」 「……うん」  帰りの電車の中、カバンの中からこの講演会のチラシを取り出した。  本当だ。椎奈凛花って小さくだけれど、名前が載ってた。すごく珍しいわけではないけれど、そうたくさんある名前じゃないんだ、ここで気が付いてたら、あの凛花ちゃんって気がつけてたのに。  そしたら、きっとこの講演に行かなかったのに。 「佑久、夕飯どうしよっか」 「……うん」 「佑久」 「……うん」 「着いたよ。駅」 「……うん、え! あ、はいっ」  気がつくと、僕らの住んでいるマンションのある最寄駅だった。慌てて降りると、日が落ちてきたせいかとても肌寒い。 「夕飯、鍋にしよっか」 「うん」 「それなら材料あるし。水炊きになっちゃうけど」 「……うん」  凛花ちゃん、変に思ったかな。僕が和磨くんのこと、隠すようにしながら帰ったこと。僕が苦手な食べ物とかが食事に出てくると、すぐに気を使って食べてくれたりするから、苦手なゲームとかをいとこたちが始めると、別のに変えてくれたりするから、気がついたかな。  嫌な僕だなぁ。  凛花ちゃんのこと、嫌いじゃないのに、話したくないみたいに帰ってきてしまった。  感じ悪いなぁ。  和磨くんに話しかけてほしくなくて、急いで帰ってきてしまった。 「ごめん。佑久」 「? え? あのっ、なんでっ」  僕が謝らないといけないことは今たくさんあると思う。講演会に一緒に参加してみようと言ったのは僕なのに、あんなふうに帰ってきてしまったこと。凛花ちゃんをちゃんと紹介しなかったこと。凛花ちゃんにも、和磨くんにも失礼だったこと。けれど、和磨くんに謝ってもらうようなことは何一つとして。 「さっき」  ないのに。 「俺が、友達って訊かれて、はいって答えたから。イヤだったよね」  和磨くんはそう言って、申し訳なさそうにした。銀色の髪が冷たい北風に揺れてた。 「彼氏って言おうかと思ったんだけど、なんか、親戚とかなのかなって。それだったら家族とかのこともあるだろうし、彼氏っつったらまずいかなって思ってさ。けど」 「! ち、違うっ!」 「え?」 「あ、あの、違うんだ。ごめんなさい。僕、そうじゃなくて」  君がじっと僕の瞳を覗き込んだ。昔の僕ならそんなふうに見つめられたら、居心地が悪くて、逸らしたくなってしまっていたと思うけれど。  今の僕は真っ直ぐ君を見つめ返すんだ。 「あの、ね」  君が僕をじっと見つめてくれたなら、僕も君をじっと見つめ返すよ。 「そうじゃなくて、凛花ちゃん、僕に顔似てる」 「……」 「そ、そのっ、和磨くんが、凛花ちゃん好きになっちゃったら、嫌だなと思ってしまって」 「…………は、はいっ?」 「凛花ちゃんとあれ以上話したりできないように、急いで帰ってきてしまったんだ」  だって僕は君が好きで、君は僕を好きになってくれて。 「ご、ごめんなさい。和磨くん」  僕らは両想いなのだから。

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