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メリークリスマス編 12 幸せ溢れるクリスマスイヴ
初めてのライブ体験は君の大学のお祭りで。
二回目はもっとずっと大きな会場で。
ちょうど夕暮れ時だったから、空の色がどんどん変わっていって、とても綺麗だったんだ。俯いて歩くばかりだった僕は和磨くんと出会ってから空の色がこんなに綺麗だと知った。
部屋の中で本ばかりを読んでいた僕は、和磨くんに出会ってから、あっちこっちに探検へ出かけることが増えたから、季節の移ろいを感じるようになった。
夏はこんなにも暑くて。
秋はこんなにも爽やかで。しとしとと降る雨は冷たくて。
冬はこんなに空が早く夜の顔になる――。
「はぁ」
その夜色をバケツからひっくり返して塗りたくったような空へ向けて、一つ息を吐くと、真っ白になって広がっていく。
寒いなぁ。
冬はこんなに寒いんだ。
雪は降らないと朝のお天気で教えてくれていたけれど、雪、降ってしまえそうなほどに寒い。
そう思いながら、和磨くんの出番を待っていた。
クリスマスイヴの特別ライブ。
有名な歌い手さんたちが集まって屋外ステージでライブをする。
和磨くんはその一番最後に歌うんだ。
すごいよね。
ラストに歌うのはきっと一番すごい人なんだと思う。
他の歌い手さんも僕は聞いたことがある人ばかりだった。仲の良い歌い手さんが集まってるから、みんな、和磨くんがどこかでコラボしたことがある人ばかり。
和磨くんの前の、前に歌った人は僕が好きな歌を今回歌っててくれた。しっとりしていて、切なくて、でも優しくて、好きな歌。
でもね。
「!」
やっぱり、一番は、君の歌。
わ。
わぁ。
かっこいい。
ギターで始まるんだ。
挨拶とか、みんなしていたけれど。
こんばんはって、今から歌いますって、お話を少しして、歌っていたけれど。
和磨くんはそれをせずに、ギターの人が一人出て来て、演奏が始まっちゃった。
その逆側から和磨くんが歩いてやってきて。
その姿に歓声が上がる。わぁぁって、その登場にみんなが歓喜する。
銀色の髪が目印の「オオカミサン」だ。
ただの歌い手だから、歌うことしかできないと言っていた「オオカミサン」がその時と変わらず、歌だけを歌う。
タイトルだけをそっと告げて。
歌うのは「タスク」――。
―― 君を笑わせる。それが僕の一番だ。
―― 君を楽しませる。それも僕の一番だ。
―― 君を幸せにすためなら僕はなんだってするんだよ。だってそれが僕の一番大事なこと。
高揚する。
なんて優しい歌声なのだろう。
なんて切ない声なのだろう。
――ねぇ。
その手が空へと差し出されると、胸が締め付けられるくらいに君のことが恋しくなる。
みんなが聞き入っていた。
冬の空もなんだか静かで、ライブ会場の周りのクリスマスイルミネーションがこの歌のためにあるみたいに、キラキラ輝いていた。
寒くて、指先から凍えてしまいそうな冬の夜なのに。
胸のところがじんわりと熱くなったから。
――今日は、ありがとうございましたぁぁっ! メリークリスマス!
「オオカミサン」が両手を振って、聞いてくれた人たちに笑顔を向けてくれた時、かじかんでいたはずの両手をブンブンと、寒くて冷たい冬の空気をたくさんかき混ぜるように、たくさん振っていた。
「っぷは」
わ。
「バイバイ、またね」
わわ。
見つかってしまった。両手をブンブンと振っていたところを。ちょっとジャンプをしてまで君へ向けて「ありがとう」の気持ちを両手いっぱいに広げて振り翳していたところを見られてしまった。
座席が決まってるわけじゃない。立ち見で、柵内の人はチケットが必要だけれど、柵外であればチケットがなくても聴ける、自由なコンサートで、僕がどこにいるのかなんてわからないと思ったのに。
見つかっちゃった。
子どもみたいに手を振っているところを。
とても素敵なライブだったって、歌ってくれてありがとうって、どうにかして伝えたくて仕方なかったところを。
二人でいる時みたいに笑ってくれた。
バイバイ、またねって、みんなに、けれど、僕に向けて言ってくれた。
最近の僕は君に好きになってもらえたことに自惚れるようになってしまったんだ。天狗、になってしまったんだ。今だってきっと僕に言ってくれたんだ、なんてことを思って、嬉しくなってしまうようになった。僕だけの「オオカミサン」じゃないのに、ちょっといかがなものかと自分を自分で律してはいるけれど。でも、やっぱり君に好かれてるもの、と思ってしまう。
「和磨くん」
「!」
僕なんかがどうして、と思うよりも。
「佑久」
「あ、あのっ、あの、素敵だった。すごく、素敵で。あのっ、ギターで演奏始まったところから、感動して、胸がドキドキして、その、あのっ」
「……っぷは」
「!」
「鼻、真っ赤じゃん」
そう言って、笑いながら僕の低い鼻を摘む君が。
「聞いてくれてありがとう」
僕のことを好きでいてくれて嬉しくてたまらないと、思ってしまうようになったんだ。
そして、本の虫のくせに、素晴らしいライブの感想を上手に伝えることもままならないほど、この幸福に胸がいっぱいになっているんだ。
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