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メリークリスマス編 13 好きと素敵、じゃ足りないみたい

 とても素敵なライブだった。  どの歌い手さんも素敵だったけれど、和磨くんの歌が一番素敵だった。心の中でずっと歓声をあげていて、寒さなんて吹っ飛んでしまうくらいだった。  素敵だったって、最高のクリスマスだって、ずっと何度も言うものだから、和磨くんがわかったってばと困った顔をしていた。  けれど、本当に素敵だったんだ。 「ライブ、本当にすごかったね。僕も連れて行ってくれて、ありがとう、和磨くん」  打ち上げを一次会で切り上げさせてもらって、二人で帰る帰り道、もう何度目だろう。これを言うのは。  でも仕方ないんだ。  本当に何度言ってもまだ足りないくらいに感動したのだから。  どこのお家もクリスマスパーティで忙しいんだろう。繁華街や駅前はすごかったけれど、駅から歩き始めてすぐ、僕らのマンションへ続く歩道を歩いている人が全然いなくて、僕の大興奮が収まらないおしゃべりな声と、和磨くんの照れ臭そうな短い返事の声しかしない。 「さっきの打ち上げで他の歌い手さんもすごく褒めてた」 「あー」 「本当だよ? すごいって!」 「まー」 「歌もすごく上手くなったって言われてたしっ、でも、僕は前からずっと和磨くんの、オオカミサンの歌が一番うまいと思ってた」 「……」 「でもうまいだけじゃなくて、なんというかっ」  おしゃべりが止まらないなんてこと、僕にはとても珍しいことで。 「佑久」 「はいっ」 「…………」  でも、本当に素晴らしかったんだよ。「オオカミサン」の歌に、みんな聞き入っていた。聞き惚れていた。  そのくらい和磨くんの、「オオカミサン」の歌はすごいんだ。 「はぁ、もおさ……」 「……はい?」  和磨くんが僕の手をぎゅっと握った。 「興奮してんの」 「! だ、だって」 「いや、可愛すぎって思っただけ」  こちらこそ、どうもありがとう、をもっとたくさん言わないといけない。十回どころか、百回だって言いたいのに。 「ありがと、佑久」  和磨くんがすごくすごく嬉しそうに僕にお礼を言うから、胸のところがぎゅっとなってしまって。 「う、うんっ」  そう返事をするくらいしかできないほど、胸のところがぎゅっと苦しいような、切ないような、本の虫でもちょうどいい言葉が見つからない気持ちになった。 「ありがと」 「う、ん」  そうだな、一番近しいのはきっと。 「うん」  君のことが恋しい、かな。 「寒くなかった? 佑久、マフラーしてないからビビった」 「あ、うん。持ってたよ。するの忘れちゃってたんだ」 「明日はもっと寒いらしいから、ちゃんとしないと」 「大丈夫」  ニコッと笑ってから和磨くんの裸にギュッと抱き付いた。  寒くなかったよ。それどころじゃないくらいに大興奮だったんだから。今だってちっとも身体冷えていないよ? だって、ね? ほら、と、指先までポカポカなことが抱き付いて触れた手で伝わるように、しっかりと背中に手を回した。 「佑久」 「あっ……」  首筋に唇で触れてもらえると、銀色の髪が僕の耳の辺りをくすぐる。じっとしてられなくて、キュッと肩をすくめた。  くすぐったいよ。 「ン」  それに、ドキドキしてしまう。さっきまでたくさんの人たちに見つめられて、たくさんの人を感動させることのできる歌を歌っていた、ステージの上で、まるでクリスマスツリーの一番高いところにあるお星様みたいにキラキラしていた君が、今、僕だけの君になっているんだもの。 「明日は迎えに行っていい? 図書館まで」 「あ、うん……ン、あっ、へ、き? 来てもらっちゃう、の」 「へーき。つーか、すっごい楽しみなんだけど」 「あっ、ひゃぅ」  明日は僕の番。  僕が君をエスコートするんだ。  上手く、できるかな。 「どこ連れてってくれんの?」 「あっ、ン」  ちゃんと弾けるかな。 「内緒、っ」  君に喜んでもらえますように。  もしもできることなら……あぁ、でも、それは無理かな。できることならね? あのね? 僕が今日、「オオカミサン」のライブで感動したのと同じくらいの感動を君にプレゼントしてあげられたらいいのにって思う。  僕の拙い演奏では、今日、僕が、僕以外のお客さんが、「オオカミサン」からもらえたとてつもない感動の半分も返せないかもしれないけれど。 「やば、今の、佑久の、内緒って言い方、すご、可愛かった」 「あっ、あっ」 「佑久」 「ぅ……ン」 「挿れるよ」 「あ、うんっ、うんっ」  ねぇ、僕がいつも君の歌で両手で抱えても溢れそうなくらいの元気とか、幸せとか、ドキドキとか、たくさんの素敵なものをもらえてるんだよって。 「っ、佑久っ」 「あっ、和磨っ、くんっ、あっ」 「すご、中、熱い」 「あ、っっ、あぁっ、和磨くんっ」 「うん」  ちょっとだけでも伝えたいんだ。 「和磨、くんっ」 「うんっ」 「っ、好き」  言葉をたくさん知ってるはずの本の虫なのに。 「俺も、すげぇ、好き」 「あ、あっ、あぁ、ン、ひゃあ、ぅっ」  君へと溢れるこの想いを伝えきるには、好き、じゃ足りない気がする。  僕が君の歌からもらえるたくさんの感情を伝えるには、素敵、だけじゃ、ちっとも足りてない気がする。 「あ、好きっ、和磨くんっ」  だから、明日、伝わりますように。 「あっ」  君へと溢れるたくさんが明日、ちょっとでも伝えられますように。  僕は君にクリスマスプレゼントを用意したんだ。

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