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メリークリスマス編 16 I love you
ケーキって、夕方にはもうほとんどなくなっちゃうんだって、知らなくて、二人で驚いてしまった。帰りに駅前で買おうと思ってたのに、もう選ぶことに悩む必要もないほど、種類も数もなくて。僕らは慌てて、お揃いのシュートケーキを買ったんだ。一番シンプルな、生クリームがたっぷりの苺のショートケーキ。
ご飯はお鍋にしようってことになった。
「けっこう練習した?」
「一ヶ月くらい、かな」
「それであんなに弾けんの、すごくない?」
「えぇ? そんなことないよ」
「佑久、ピアノの才能あるんじゃん?」
「ないない。ピアノの先生、溜め息ついてたよ」
僕らがおしゃべりする度にふわりふわりって、小さな白い雲が生まれて、冷たい空気に溶けていく。
人が多い場所だと、和磨くんは黒いマスクをつけてる。超有名歌い手の「オオカミサン」だから。それに、風邪を引いてしまったら大変だから。けれど、もう、うちはすぐそこだから、マスクを外してた。
「だから自主練とかいっぱいした」
「自主練……」
「えっとね。図書館のね、近藤さんに鍵盤作ってもらって」
長い画用紙をつなげて、ピアノの鍵盤のサイズをネットで調べて、原寸サイズの鍵盤を作ったんだ。それなら持ち運びもできるから、どこででも練習ができるでしょう? 図書館でお昼休憩の時もそれで一人で練習してた。
「うちでも練習してたよ」
君がお風呂に入ってる時とか。行きと帰りの電車の中でも楽譜と睨めっこしながら、指の動かす順番だけは確認したりして。膝の上でエアピアノ演奏はちょっと、変な人みたいになってしまうけれど。かまってなんてられないよ。一ヶ月でマスターしないといけなかったんだから。
「スパイみたいに、和磨くんがお風呂に入ってる間にシュッと出して、練習して、シュッとしまって」
まるで何もしていなかったみたいに知らん顔をして。
「フフ」
ちょっと楽しかったりもした。あと、ワクワクもした。
「はぁぁ」
「和磨くん?」
大きな溜め息だった。僕がどうかしたのだろうと首を傾げると、もう一回、大きな溜め息。
「すげぇ、勘違いした」
何を? 僕の、こと? 本物のスパイだって思ったりはしないだろうけれど。
首を傾げたままの僕をじっと見つめて、っぷはって笑ってから「あぁ、もう、なんだよ」ってあっけらかんと言った拍子に、大きな白い雲がふわりと生まれた。
「これ、俺からのクリスマスプレゼント」
「!」
「めっちゃ勘違いした」
「?」
「俺の歌、聴いて欲しくて」
「……」
「ホイトレとかしたことなかった。この前のさ、プロになるかもって時に初めて、そういうのやったって言ったじゃん? それをもう一回自分でやり直して、声の調子、めちゃくちゃに上げて、カラオケの採点のあるじゃん? あれで、最高得点九十八くらいが平均になるまで歌い込んで、そんで撮った」
ポポポンって、和磨くんが一気に告げてから、僕の手首を掴んで、持ち上げて、広げた手のひらにぎゅっと押し込んでくれた。
布の巾着。
「これは、咄嗟に思い付いてさ。ちょうどいいかもって」
それは、クリスマス会で子どもたちと作った布バッグ。
和磨くんはその時一番小さな巾着袋を選んでた。何を入れるのかなって思いながら、気になってチラチラ見ちゃったんだ。
何か、アルファベットと、音符をたくさんつけているのは見た。けれど、どんなふうに出来上がったのかは見てなくて。僕が子どもたちと話をしていた間に、パッと和磨くんは終えてしまっていて、完成品は見られなかったんだ。
でも、途中のをちらりと見た時は、やっぱりセンスがいいな、素敵だなって思ったのは覚えてる。
「……これ」
――I love you
そうスタンプが少し斜めになったり、下がったり、上がったり、、あるで、ガタゴトと貨物車で運ばれているみたいに楽しそうに並んでいる。その周りに、音符が散りばめられていて。
すごくすごく、ワクワクする。
ドキドキする。
とても楽しそうだ。
「なんかどストレートすぎるかなって思ったんだけど。いっかって思って」
アイラブユー。私は貴方を愛してます。
「んで、中身……」
キュッと結んである紐を緩めたら。
「……ぁ、これ……イヤホン」
これは、知ってる。
「和磨、くんの」
「同じモデル」
とっても高いんだよ。僕は調べて、それが僕が思っているイヤホンの値段の何倍もしていたから、大慌てで返したんだもの。これは、なんて高価なのだろうって。
「んで、意味的には、さ」
僕が、手の中でピカピカに輝く二つの金色のイヤホンをじっと見つめていたら、和磨くんが珍しくとても言いにくそうに「あー……」なんて言い淀んでいた。
「最高の出来で歌ったから、っていうか、まぁ、あれ、あー」
「……」
「最近、佑久、歌聴いてないっぽいなって思って」
「……ぇ」
「佑久に、その聴いてもらえるようにって」
「えぇっ」
「気合いを入れて歌ったっつうか……」
和磨くんが銀色がとても綺麗な前髪をくしゃくしゃに掻き乱して、俯いてしまった。
「あのっ」
「すっげぇ、勘違った」
「……」
「他に、俺よりすげぇ上手い歌い手なんてたくさんいるから」
「……」
「佑久が別の歌い手にハマっちゃうんじゃないかって、焦った」
「そ、そんなこと絶対にないよっ」
珍しく大きな声で、僕は、その自分の大きな声に少し驚いたけれど。和磨くんもびっくりして、俯いていた顔を上げて、真っ直ぐ僕を見つめた。
「僕、オオカミサンの歌だから」
「……」
「僕にとって、本当に特別だから」
「……うん」
「絶対にないよ」
「うん」
「本当に」
「うん」
「本当だよ」
優しく、そしてとても嬉しそうに和磨くんが笑ってくれた。くしゃって、顔をさせて笑って、金色の宝物のように光るイヤホンを落としてしまわないようにギュッと握りしめる僕のことを、丸ごと抱き締めて。
「ありがと」
そう、耳元で優しく言ってくれた。
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