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メリークリスマス編 19 幸せ溢れる朝
おかしいな、とは思ったんだ。
だって僕、「オオカミサン」が新しい動画を出したら通知が来るように設定してあるもの。
歌、どこにもないのだけれど。
でもでも、撮ったって、言ってたよね?
僕、有頂天で聴き間違えたのかな。
どこにもないのだけれど。いくら検索しても出てこないのだけれど。
「オオカミサン」が登録しているSNSなら全て、僕、追いかけているのに。
「うー」
どこにあるんですかー?
「んー……」
聴きたいでーす。
「……む」
僕はゴロンと寝転がったまま、朝、今がちょうど、五時になろうとしている時間に、スマホと睨めっこをしている。できるだけ、和磨くんにスマホの画面の煌々とした灯りが当たらないように、背中を向け、身体を丸めて。
和磨くん、裸ん坊だから、肩とか出て風邪を引かせてしまわないように細心の注意を払いながら。僕も裸ん坊だけれど、僕、風邪ってあまり引かないから。とても頑丈なんだ。もしかしたら真冬にお腹を出して寝ていても風邪を引かないかもしれない。そのくらいに頑丈だから。
和磨くんを起こさないように。
そっと、そーっと。
きっと一昨日のライブもあって疲れてると思うから。
そーっと。
「……」
けれど、やっぱり見つからない。
あとで和磨くんが起きてからどこでその新しい歌は聴けますか? って訊けばいいのかもしれないけれど。
僕は欲張りだから。
本もそう。
お気に入りの作家さんの新作とか、気になってしまった作品とか、買ってしまったら読みたくて、翌日が早番だろうが読み始めてしまう。
だから「オオカミサン」の新作と言われて聴かないわけない。
でも、ちっとも見つからない。
かと言って、疲れて寝ている和磨くんを起こすのは絶対にダメ。
けれど――。
「あとで聴けばいいのに」
「! 和磨、くんっ」
「……はよ」
振り返ると和磨くんが眠そうな顔をしながら、ふわりと微笑んで頬杖をついた。
「ご、ごめっ疲れてるのにっ」
「んーん、つーか、そんなに疲れてないよ」
そう言って、セットされてなくて、寝起きのままのちょっと乱れた銀髪をかきあげて、僕のスマホの明かりに目を細めた。
「ごめっ、眩しいよねっ」
「そうだった、けっこう佑久って、好きなことはせっかちなんだよね」
「!」
「前にも、好きな作家のコラム本、読み始めて、夜ふかししてたし」
優しい寝ぼけ声は、普段の声よりも少し低くて、掠れていて、素敵なんだ。きっと「オオカミサン」の大ファンの人たちでも知らないだろう、特別な声。
その声が耳のすぐ隣で聞こえてる。
「ね、俺にも一個貸して」
「あ……」
「んで、動画、非公開なんだ、自分でしか見られない」
「え?」
「佑久に贈るって言ったじゃん」
非公開。なるほど、それは見つからないよ。
「俺のスマホ、このイヤホンもリンク繋げてあるから」
僕は和磨くんに背中を向けていた。その背中が和磨くんの胸とピッタリくっついて、後ろから抱き締められるようにして、和磨くんの腕が僕の前に来る。そして、枕元、ベッドヘッドのところに置いてある和磨くんのスマホを持ってきて、僕の目の前で操作してくれた。
「これ……」
本当だ。
非公開になってる。
『あー、佑久』
はい。
『これは佑久にだけ聴いて欲しいんで……』
わ。すごく、変なの。動画はいつも通り、僕が聴いているのと同じサイトで流れてるのに。
僕の名前を呼んでくれるの、すごくドキドキする。
いつもはたくさんの人が「オオカミサン」の歌を聴いている。僕が新着動画の通知をしていて、その通知が入ったら、すぐに見るけれど、でも、いつだってもう何千人とかに先を越されてるのに。
この動画はまだ、二人目だ。
「すげ、やっぱ自分の声、こうやって聴くの苦手だ」
『聴いて、ください』
「ううん。とっても素敵だよ……」
『タスク』
心臓が踊ってる。僕の心臓が、ワクワクしぎて、ドキドキしすぎて、踊ってる。
アカペラ、だ。
すごい。
―― 君を笑わせる。それが僕の一番だ。
―― 君を楽しませる。それも僕の一番だ。
―― 君を幸せにすためなら僕はなんだってするんだよ。だってそれが僕の一番大事なこと。
――ねぇ。
君の声だけ、なんて。
「声……素敵……」
なんて、豪華なのだろう。
ほら、吐息すら聴こえる。少し掠れる君の声が、すぐ隣で歌ってくれているみたい。
「わ、あ」
「……」
「素敵、すごく素敵。あのもう一回」
振り返ったら、和磨くんがじっと僕を見つめてた。
そして、目が合って、ふにゃりと笑ってる。
「なんなんだろ、この人」
「……え」
「本、読んでる時と同じ顔して、聴かないでよ」
「あの」
「すげぇ、綺麗なんだ。佑久が本読んでる時の横顔。ワクワクしててさ、目がキラキラに輝いてて、すげぇ、綺麗なの。めっちゃ見惚れる」
そう、なの? 僕は夢中すぎて、変な顔とかしてそうって思ってたけれど。
「その時と同じ顔してる」
そして、和磨くんが僕のことを苦しいくらいに、ギュッて、ギューって抱き締めた。
「だって、素敵だから」
夢中だよ。
「だから、もう一回聴きたいです」
「……え、今、硬いの当たってるでしょ」
「う、うんっ、でも聴きたい」
「えぇ……硬いの当たってるのに?」
「も、もう一回だけ」
「えぇ……」
「お願いしますっ」
「えぇ」
そして、この日、この非公開動画の視聴回数は五十回を超えた。その全ての視聴者は僕だった。
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