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メリークリスマス編 20 彼らはとても幸せそう

 クリスマスが終わるとあっという間にお正月だ。 「あ、椎奈くーん、鏡餅、一つ、そっち余ってる?」 「えっと……余ってない、けど」 「えーじゃあ、どこだろ。困ったぁ」  僕も一緒に探そうか? って、その場で立ち上がると、近藤さんが、平気平気って両手をぶんぶんと振ってから、別フロアへ鏡餅を探す旅に出発した。 「…………ふぅ」  どこのフロアも鏡餅とか、お正月の準備を始めたから、大掃除は終わったのかな。  今日が今年の図書館開館の最終日。最終日だけ、閉館の時間が早くなって、残り数時間が大掃除に充てられる。と言っても、本は水気厳禁だ。いつも掃除はこまめにやっているから、棚とかは全然何もしない。布カバーをかけておくくらいかな。あとはエアコンとか、個人個人の私物入れの小さなロッカーくらい。だから数時間もあれば全部終われる。  そして、鏡餅を各エリアの、なんとなくの場所において、次、三が日明けに備えるんだ。  大きな大きな鏡餅。  中には丸い小さなお餅がいくつも入っていて、鏡割りの日近くになったら、読み聞かせの時に子どもたちにおしるこにして振る舞うって、近藤さんが教えてくれた。だから、あっちこっちに鏡餅が置いてある。読み聞かせてに来てくれた子、全員にあげられるようにって。  時計を見ると、夜の八時を回ったところだった。  和磨くんはもうとっくに冬休みに入った。でも、課題があるって嘆いてた。昨日、図書館に来て、レポート課題に使えそうな本を借りていったから、今日は勉強、頑張ってるんじゃないかな。  夜は、僕と一緒に出かけちゃうし。若葉さんと市木崎くんと、今年最後の食事会。そして明日からは一緒に大掃除をしてお正月の準備をすることになってる。  実家にお正月の挨拶、行かないって言ってた。何やら、ご家族みんなでスキー旅行に行ってるらしい。そちらに参加しないといけないのでは? って、訊いたけど、なんで、僕と一緒にいられる、貴重な冬休みを家族と、スキー場で、過ごす必要が? って、迫られてしまった。  逆に、僕は? って訊かれたけれど。 「あ、椎奈くん、お疲れ様。もう大掃除終わったから、上がっちゃっていいわよ」 「あ、はい。すみません」 「逆にごめんね。今日は早番だったのに」 「いえっ、全然、大丈夫です」 「本当だったら年末の締め挨拶終わってすぐに帰れたのに」 「いえいえ。遅番、人少なかったから」  そう。風邪が流行ってて、遅番の人が、お休みだったんだ。早番も、お休みだった。インフルも流行ってるし。 「助かったわ」 「いえ、よかったです」 「…………」 「? あの、主任?」 「……変わったなぁって思って」  じっと見つめられて、戸惑ってしまった。何か、変だったかなって。 「前の椎奈くんなら、大掃除、そんなに楽しそうにしなかったと思うの」 「……」 「淡々と掃除してくれていたと思うわ。テキパキと。もちろん、今もテキパキとやってくれるけれど、今は、楽しそう」 「!」 「お疲れ様。また来年もよろしくね」 「こ、こちらこそっ」 「良い年をお迎えください」 「よ、良い年をっ、お迎え、くださいっ」  ――逆に、佑久は正月とか帰らないの? 年始の挨拶とかってやつ。  そう、君に訊かれたけれど。  行かないよ。年賀状は出したし。君とたっぷり丸々丸ごと一緒にいられるんだもの。  もったいない。  僕は意外と欲張りで、自分の欲、優先させちゃうんだ。だから、年始の挨拶よりも、君と過ごす冬休みを選ぶよ。 「わ、外、寒い……」  図書館を出た途端、自分の吐息が真っ白な雲に変身した。和磨くんを待たせちゃってるかな。一応、大掃除も手伝うから遅番の時とほとんど変わらないって伝えてはあるけど……。 「って、わ……凛花ちゃん」  和磨くんに連絡しようとスマホを開けると、凛花ちゃんから着信とメッセージが来てた。  ――お正月、会えると思ったのにいいいい。残念。でも、まぁそうだよね。よかったね。楽しいお正月になりそうだね。いつか今度こっちに来ることあったら、一緒に遊ぼうね。 「?」  まぁそうだよねって何が? よかったって、お正月に年始の挨拶に行かないこと? 楽しいお正月になりそうって、僕、お正月の予定、話したっけ? 「??」  なんだか、変な凛花ちゃんからのメッセージに、頭の中をはてなマークでいっぱいにしながら、とりあえず。うん、またねって返事をした。それから、良いお年をって。 「たーすく!」 「! あ、ごめんっ、和磨くんっ」  やっぱり、和磨くん、来ちゃってた。  いつもの待ち合わせ場所。図書館の下、カフェの明かりが煌々と歩道を照らす、その端の辺りにいた和磨くんのもとへ慌てて駆け寄った。 「大掃除、お疲れ様」 「う、うん。ごめんね、和磨くん」 「んーん、違うから。俺がちょっと仕事してる佑久が見たくて早く来ただけ」 「!」 「さっきちょっとだけ見て、んで、駅前のカラオケで一人カラオケしてた」 「えぇ! もったいない」  そんな「オオカミサン」の生歌聴き逃すなんて、ファンとしては残念で仕方ないよ。  そして、残念だ! って、顔に大きく書いてあったのか、和磨くんが僕を見て「っぷは」と笑った。 「んじゃ、お正月の間に行く? カラオケ」 「! 行く!」 「佑久も歌うよ?」 「…………え、えぇー」 「佑久は俺の推しなんで」  ニコッと笑って、僕を覗き込むように、和磨くんが首を傾げた。その拍子に銀色の髪が和磨くんの目元を隠す。それがなんだか少々色っぽくて。僕はどきりとしてしまう。  あの時に似てるから。  その、えと……僕と、してる時に、気持ちいい? って、僕がどこも痛くないか、確かめるためにじっと見つめてくれる時に、同じ仕草をするから。  かっこいいなぁ。  なんてかっこいいんだろう。  本当に――。 「!」  見惚れてたら、一瞬、瞬きの間くらいのほんの一瞬、唇が触れた。 「今、佑久が可愛い顔したから」 「!」  し、してないよ。 「ほら、行こ。また若葉がうるさいから」 「は、はいっ」 「おいで、佑久」 「!」  可愛い顔はしてないけれど、きっと楽しそうで、嬉しそうな顔はしたと思う。 「う、うんっ」  君が手を差し出してくれたから。  僕はその手をぎゅっと握ったから。 「あったか、佑久の手」 「和磨くんはちょっと冷たいよ、手。あっためてあげる」 「……はぁ」 「? 和磨くん」 「今の、ムラっと来た」 「むらっ?」 「やっぱ、行く? 行かなくていいんじゃん? 帰りたい。帰って、佑久とイチャイチャしたい」 「! や、約束」 「はぁ、じゃあ、帰ったらイチャイチャしよ」  きっと顔に出てたと思う。 「っぷは」  君と過ごす初めてのお正月に、君と今夜、帰ったらイチャイチャできるという約束に、僕はきっと楽しみで、嬉しくて、幸せだって顔をしてたと、思うんだ。

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