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救世主現る編 2 特効薬
とてもドキドキしたんだよ?
僕はその本を読みながら、その救世主が現れた瞬間、ちゃんとじっと読んではいたけれど、鼓動がとても速くなったんだ。その救世主がとにかくかっこよくて、読んでいて清々しい気持ちになるほど正義感があって。
わ! 来てくれた! もうこれで安心だ! って、読者の僕でさえ思ったんだ。
「とりあえずパン食べて薬飲んだから大丈夫ってそんなわけないじゃん。全く」
トントン、コトコト、グツグツ。
「ちゃんと食わないと薬だって効かないって」
ブツブツ。
「……フフ」
「? どうかした? 佑久」
「ううん」
なんでもないよ。そう言ったつもりだったけど、あまりちゃんと声にはならなかったみたい。和磨くんがキッチンからこっちへやって来てくれて、僕の額に手を置いてくれる。
僕は大慌てで、と言っても、熱のせいなのか、身体が重くだるくて、きっといつもの元気な僕の半分くらいの速さにしかならないと思う。けれど、自分の口元と鼻を布団でぎゅっと塞いでおいた。だって、ちょっとでも息をしたら、和磨くんに僕の風邪菌が襲いかかってしまう。そして、和磨くんの大事な喉に攻撃をしかけてしまうかもしれない。
そうやって防御をしている僕をじっと見つめて、今日はちっともふわふわにならなかった僕の前髪を指先にくるくると巻きつけてみたり、指で漉いてくれた。
気持ち良い。
魔法の声を持つ人は指先でも魔法が使えるみたいで、髪に触れてもらっているだけなのに、気持ちがゆっくりふわりと柔らかくなっていく。あんなに辛かった身体もリラックスできて、苦しかったはずなのに、今は心地良くて、トロトロと眠気にさえ襲われる。
「まだ全然高い」
うん。そうだと思う。ついさっき、こうしてそばに和磨くんが来てくれる直前までは、寝転がっているのに、頭がぐらぐらと揺れて、ちょっと痛かったんだ。
「今朝、少し体調悪かった?」
「ううん……」
布団越しに答えると、朝は大丈夫だったんだと少しホッとしてくれた。
多分、朝は普通だったよ。でも、お昼すぎくらいから少し変な感じはしたかな。なんだかぼーっとするような、指先がジンジンするような。けれど、
でも、近藤さんに言われなかったら定時までちゃんといたと思う。
和磨くんがベッドの脇にしゃがみ込んで、僕の方をじっと見つめてる。まるで僕の瞳の奥に具合が悪いところや、体調が書いてあるみたいに、じっと。
「うどん、作ったから食べて」
「!」
わ。これは、僕、看病してもらってしまっているのかな。わー、わー。すごい。僕は今、和磨くんに看病してもらっている。
「まだ熱いから食べにくいかも」
「あ、あの……」
僕、一人で食べられるよ。それに、そのできることなら離れてくれないと、僕は口も鼻も塞がないといけないから。
「もしかして、移る心配してる?」
うん。はい。しています。
「平気だって。バカは風邪って言うじゃん」
そんなことありません。そんなの医学的な根拠は何もないでしょう? それに和磨くんはちっともバカなんかじゃないよ。とても頭が良くて、機転がきいて、とってもスマートな人だって僕は知ってるよ。
「大好きな人の体調不良もわかんなかったんだから」
「!」
少し、ご機嫌が悪かったのは、そういうこと? キッチンで、おうどん作ってくれてる間中、コトコト、グツグツという音と一緒に、ブツブツって、和磨くんのお小言が聞こえたけれど。
そんなこと思う必要なんてちっともないのに。
僕のことなのに、僕自身ですら体調が悪いことに気が付かなかったのに。
大学で勉強を頑張っていた和磨くんにわかったら、それこそあの本の救世主くらい……ううん、それ以上にすごいことだよ。
「早く食べて、薬飲んでしっかり寝る」
「はい」
「素直でよろしい」
「はい」
ちょっとだけ笑うと、和磨くんも笑ってくれた。その笑顔にさっき身体のあちこちが痛んで仕方なかったのが、少し和らいだ気がした。
おうどん、とても美味しかった。
温かいからかな。全部食べ終わると、身体の内側があの風邪菌によるイヤな熱さじゃなくて、とても心地良い温かさに満たされて、ホッとできた。
「佑久、もう寝るでしょ?」
「ん」
おうどんでポカポカになって、そばに大好きな人がいて、風邪なんて引きたくないけれど。今、ちょっと幸せだなぁと思えた。
「おやすみ。なんかあったら、呼んで。俺まだ起きてるし。食べたいものとか着替えたいとか、あれば手伝うから」
うん。ありがとう。
「体調悪いの気が付かなくてごめん」
ううん。全然。とんでもないよ。気にしないで。
「明日には良くなってるよ」
うん。僕もそんな気がします。
「寝な?」
優しい声だなぁ。この間、アカペラで配信したラブソングの時みたいな優しい声。
「ぁ、の」
「?」
お布団で口元覆ってるから大丈夫だよね? 話しても。
「寝るまででいいから」
もうちょっとだけ。
「ここにいてもらったら、ダメ?」
和磨くんが笑ってくれると、ダルかった身体が楽になったんだ。
和磨くんが作ってくれたおうどんを食べると、とても元気になったんだ。
だからきっと、そばにいてくれたら、どんな薬よりも風邪菌を倒してくれるんじゃないかな。
救世主みたいに。だから――。
「寝るまで、だから……」
「全然」
「……」
「ここにずっといる」
そばにいて欲しいな。
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