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救世主現る編 3 元気って素晴らしい

 子どもの頃から自己主張は大の苦手だった。  今も上手ではないけれど。  でも、子どもの頃はもっとずっと下手だったから、学校とかで体調が悪くても言い出せなくて、保健室になんて行ったら目立ってしまいそうでそれも心配で。だから我慢しては夜、とてもひどい状況になってしまって両親に心配をかけてしまった。そして、心配をかけるのが申し訳ないから、大丈夫と言ってはとにかく部屋で寝ていたっけ。  寝ればそのうちよくなるだろうし。  大人になってからは、あまり風邪も引かなくなった。図書館と自宅、あと出かけるといったら本屋さんくらいだったし。誰かと会食とかすることもなかったから、風邪を引くような、風邪をもらってしまうようなことがそもそもなかったんだと思う。  だから、初めて、だ。 「…………ぁ」  風邪で心細いですって、訴えたの。  眠るまでで良いから一緒にいて欲しいですって、お願いしたの。 「…………」  和磨くん、ずっとそばにいてくれたんだ。服、のままだ。あ、僕が服掴んだままだったからか。 「! って、わっ、わわっっ! わぁっ」  なんてベッドの中で眠ってる和磨くんを眺めてる場合じゃないよ。  あの、僕、風邪菌持ってたのに一緒の布団で寝ちゃったら、風邪菌が和磨くんに移ってしまう。  あぁ、しかも、掛け布団、かけてない。僕だけ掛け布団に包まっていて、和磨くんはそんな僕に覆い被さるみたいにしながら寝てただけ。昼間の服装のままで、大学もあって疲れてるはずなのに。  僕ってば。  なんてことを。 「っ、わっ、えっと、えっと」  熱測らなくちゃ。和磨くん、熱あるかもしれない。そう思って、慌てて手を、額へと伸ばした――。 「!」  手を伸ばしたら、その手首を掴まれて飛び上がってしまった。 「あ、あのっ、ごめんっ、僕っ、あのっ」 「……よかった。熱下がったね」 「あ、え? あぁ、本当だっ、どこもダルくないし、頭も痛くない、です」  すごく急に起き上がったのに、あんなに重かった頭がそんなことなかった。痛くて、悲しい気持ちになるくらいだったのに、今の僕はそれどころじゃなくて、大慌てだった。  君に風邪を移したりしてないか。  君の方が風邪を引いてしまったりしてないか。  そのことばかりが気に掛かってた。 「昨日は焦るくらいに熱かったけど、今、フツー」 「……ぁ」  僕の、手首を和磨くんがぎゅって握った。 「よかった。マジで」 「和磨くんは?」 「へーき、全然」 「あの本当に? 熱とか、頭が痛いとか、喉が痛いとか、身体が痛いとか」 「どこも」  うん。多分、どこも、痛くなさそう。具合悪くなさそう。ニコッと笑ってくれてる。 「っぷ」 「?」  うん。きっと、元気みたい。和磨くんが何やら急に笑い出したから。  どうしたのだろうと首を傾げる僕を見て。 「っぷ、あははは」  ほら、また笑ってる。 「? 和磨くん?」 「いや、だって佑久、すっごい頭になってるから」 「えっ? わっ、わわっ」  言われて咄嗟に頭を抑えると、確かに、頭の右側の髪が跳ね上がってる。ずっと、とにかく寝ていたから。 「元気になってよかった」  でも、恥ずかしいよ。頭、爆発しちゃってるの。 「うん。僕も」 「?」 「和磨くんに風邪移すことなくて、よかった」 「うん」  頭、爆発しちゃってるところを見られたのは失敗だけど、風邪もできることなら引きたくはないけれど、でも、幸せだ。 「それからっ」 「?」  和磨くんが優しい表情をしながら首を傾げた。 「和磨くんがいてくれてよかった。あのっ、すごく嬉しかった。看病してもらえて。おうどんもありがとうっ。言えてなかったけど、すごくすごく美味しかった! あとねっ」 「俺も、よかった」 「?」  今度は僕が首を傾げた。 「佑久のこと看病できて」  あとね。 「はぁ、それにしても、熱で潤んだ瞳の佑久はやばかった」 「え、えぇっ?」 「襲っちゃうとこだった」 「えぇっ?」 「今から襲おうっかな」 「だ、ダメっ、お風呂入ってないっ」 「お風呂入ったらいいんだ」 「えっ、あっ、そういうことじゃなくてッ」 「お風呂沸かそ」 「えぇっ」  あとね。元気って、すごい。  健康って、素敵。  そんなこと思ったことなかったよ。  こうして、君と笑ってはしゃいで。 「あ! あと」 「?」  こうして、君と、挨拶代わりのキスをして。 「……おはよ」 「! おはよう」  ちゃんと言葉でも挨拶を交わす。元気に君と過ごせる。幸せだなぁって、思ったよ。 「あー! よかったぁ。元気になった?」 「うん。あの、ありがとう。お世話になりました」 「いえいえぇ」  近藤さんが気がついてくれなかったら僕は早退もしなくて、だからきっとすごく風邪はひどくなって、一日では元気にならなかったと思うんだ。 「ふふっ」 「?」 「元気になってよかった」 「? うん」  はい。とても元気になりました。けれど、なんだか、近藤さんが楽しそうに笑って、僕の首筋を――。 「!」 「いやいや、お辞儀しなかったらわからないから」 「あ、あのっ、これはっ、えっと」 「ふふふぅ」  その、あの、赤いのは……えっと。 「元気ですなぁ」 「あ、いや、違うっていうか」 「ラブラブですなぁ」 「えぇっ、ちょ、近藤さんっ」  元気って素晴らしい。 「近藤さんってばっ」  友だちとたくさん話せるし。 「ぐふふふ」 「近藤さんっ」  お仕事の後、大好きなオオカミさんのワンマンライブカラオケデートができたりもする。 「近藤さーんっ」  元気って、すごく、素晴らしい。

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