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ヤキモチも美味しい秋編 1 ひらり、はらり
秋はとても良い季節だと思う。
朝、空気がとても清々しく、そして、晴れやかな気持ちになる。ほら、「秋晴れ」っていうでしょう? 秋の空は特別青くて、高くて、良い気分にさせてくれると思うんだ。
行楽の季節と良く言われているし。食欲の秋、なんて言われてる。実際、秋には、秋にしか食べられない美味しいものがたくさんある。栗ご飯に、きのこご飯、秋鮭、秋秋刀魚。
「あ、秋が二つ……」
思わず、そう呟いてしまったけれど。
秋に刀のような形の魚って書いて、「秋刀魚」って読むくらい、秋の秋刀魚は美味しいです。ちょっと、高いけれど。
それに果物でも葡萄や梨。特に梨は秋に食べられる特別な果物な気がします。シャリ、シャリ、シャクシャク。甘くて、みずみずしくて。葡萄も大好きです。巨峰の甘さには何も勝てない気がします。
あぁ! 食欲ばかり旺盛なわけではなくてっ。ちゃんと、司書として、本を読むのにもぴったりな時期だとちゃんと思ってます。ちゃんと。
秋の夜長に読書。とても素敵です。はい。食べることばかり考えるわけではなくて。決して、焼き芋が美味しいとか考えるわけではなくて。
ただ、秋は楽しいことが、いっぱいだなぁと――。
「っぷ、佑久、お腹空いたの?」
「え?」
「めっちゃかごに入れるから」
「あぁぁぁっ、ついっ」
お腹、空きました。
けれど、かごの中を見たら、栗ご飯の素に、葡萄、梨、秋刀魚、それから、お肉もたくさん。そして、今は、パックにぎゅうぎゅうに入った焼き芋を……。
気がついたら食べたいものをかごの中に。
「ご、ごめっ」
「いや、嬉しそうにカゴに入れてくから見てただけ」
和磨くんとお夕飯の買い物に来てるところでした。今日は、僕が早番で帰りが早いから、一緒に買い物をして帰ろうって、図書館のところで待ち合わせしてた。
「夕飯、栗ご飯に秋刀魚で、デザートって思ったら、肉も入れ出したらから、あれ? 肉も食べるのかなって。そしたら芋も」
「そ、そんなには食べない、です」
「えぇ? 食べなよ。佑久、細いから食べた方がいいよ。はい。肉追加、決定」
「え、でもっ」
「昨日、アップした歌、視聴回数一万超えお祝い、なんでしょ?」
「! ぅ、うんっ」
そう、すごいんだ。オオカミさんの人気は止まることを知らず、で。昨日アップした「歌ってみた」が瞬く間に視聴回数一万回を超えてしまった。オオカミサン、新曲、ヤバイ、ってハッシュタグ付きでSNSもすごく賑わってて。
本当にすごいんだ。
もちろん! その一万回のうちの百回くらいは、僕だけれど。それでも、一万分の百なんて小さな小さなものでしかなくて。
「あ、ワインは? 飲む?」
僕にとって神様、だから――。
「どれにする?」
振り返って、僕に笑って、右手にカゴを、そして左手で僕の手を握ってくれる。
「ぁ、えと」
「佑久はお酒があんまだから……これは?」
「?」
「デザートワイン、甘くて美味いらしい。若葉が教えてくれた」
「若葉さんっ!」
僕のお洒落の先生。なんて言ったら、おこがましいけれど。ちっとも僕はまだ全然お洒落じゃないから。でも、若葉さんのおかげで少しだけ、少しずつだけ、自分磨きというものを始めてたりするんだ。そう、秋は季節の変わり目だから、肌のコンディションも調子が悪くなりやすいらしくて。しっかりたくさん食べて、しっかり寝る。それが一番って教わった。化粧品でスキンケア、が一番大事かと思ったんだ。だから、この間、髪を切りに伺った時に、訊いてみたのだけれど。
――まぁ、スキンケアは大事だけど。佑久くん、そもそも綺麗だからそんな特別なケアは必要ないよー。全然。
そう言ってもらえた。
そして、もしも、それでも何かしたいなら、たくさん色んなものを食べて、しっかり寝ることって教わった。
「……」
「? 和磨くん?」
急にじっと僕の方を見つめるから、なんだろうと首を傾げた。だって、少し、ジトーって、視線が鋭いというか、怒っているというか、なんというか。
「若葉の名前出したら、めちゃくちゃ嬉しそうにした」
「え、えぇ?」
「目がキラキラぁって」
「し、してないよ」
「そもそも若葉と佑久って、仲イーしさ。本仲間だし」
「そ、それはっ」
だって、僕のお洒落の先生だもの。和磨くんに似合う人にしてくれる、僕の大事な師匠だもの。
「ほ、ほら、ワインを」
「あ、話誤魔化した」
「そ、そういうわけでは」
その時、だった。
「あれ? もしかして……和磨?」
そう、声が、僕らを呼び止めた。
「あ、やっぱ、和磨だ」
振り返ると短い髪がすごく似合っていて、大きな瞳がとても印象的で、赤い唇が艶々としていてる、可憐な女の人が立っていた。
「わ、すっごい偶然。わー、すっごい嬉しい」
はつらつと太陽みたいに話す人だ。
「……久しぶり」
「元気? って、元気だよね。活躍、知ってるー。歌、やっぱすごいよね」
……ぁ。
「もうプロになれるレベルじゃん? すご……」
多分だけれど。
「って、あ、ごめんっ。友達と一緒だったんだね。ごめんごめん。つい、びっくりして。歌、頑張ってね。応援してるー」
恋人、だったんじゃないかなって、ふと、思った。
とても可憐な人だからかな。
ハキハキとしていて、少し和磨くんに似ていて、笑顔がとてもチャーミングな人だったからかな。
どうしてだろう。
そう思ったんだ。
その人は先を急いでるのか、まるで、偶然手のひらに乗っかった桜の花びらみたいに、落ちてきたばかりの紅葉のように、風にまた乗って、ひらりと手のひらから飛び立っていった。
「……佑久」
「!」
「デザートワイン、買ってこ」
「ぅ、ん」
ひらり、はらりと、飛んでいって、手のひらに微かに、僅かに、その感触だけを残していった。
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