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ヤキモチも美味しい秋編 4 飛んでけ悶々
確かに、僕は恋愛経験は乏しく、こ、こここ、恋人、というのは、和磨くんだけだけど。
恋とは縁と遠いもので、疎い、けれど。
「…………ぅ」
けれども。
「…………ーん、ん、んぅ……」
「不思議な唸り声」
「わっ! 近藤さんっ」
お昼休憩をしてたんだ。基本的に休憩はみんな時間をずらして取るから、一人だと思い込んでた。だから思い切り唸っちゃった。一人だと思ってたから、つい、心の赴くままに。
「ごめんね。ハンカチ忘れちゃって取りに来ただけなんだ」
「ぁ、うん」
ちょっと恥ずかしくて、睨めっこをしていたスマホをテーブルの上に置くと、手を膝の上に。近藤さんを目で追いかけてた。
「あ、あった、あった。……で、何を唸ってたの?」
「えぇっ!」
「いや、椎奈くんが唸るって相当なことかなぁって思って」
「あ、いや、えと、えっと、あの、ですね」
なんと言ったらいいのか。僕もなんとなく、というだけで、決定的じゃないからなんと話せばいいのだろう。えっと、えーっと。
「……ま、いっか。何かあったら、相談のるよー」
「!」
「それじゃね」
パッと現れて、まるで秋風みたいにピューッと消えてしまった。
「…………」
再び一人になった休憩室で、伏せていたスマホの画面をもう一度開いた。
変な唸り声、出しちゃったの、近藤さんに聞かれちゃったな。失敗。
「……はぁ」
今度は溜め息。
でも、溜め息も出るよ。
あの人、名前、なんていうのだろう。和磨くんに聞けばよかったかなぁ。
「……」
昨日、百回は見た、オオカミさんの新着動画をもう一度開いた。
もうすでに昨日よりもたくさんの人がこの動画を見てる。この動画を見て、オオカミさんの歌を聞いて、たくさんのリアクションが返ってきてる。いいね、とかのグッドサインも、コメントも。そのコメントの一つが目に止まった。
――やっぱ、昔からだけど上手いよね。あの頃を思い出すよ。
そんなコメント。
全部のコメントを覚えてるわけじゃない。僕はコメントってどう言ったらいいのかわからなくて書いたことがないのだけれど、誰かが書いたコメントを見るのは好きで、ちょくちょく見てるんだ。うんうん、そうだよね。僕もそう思うよ、って内心一人で勝手に会話してる。いつもは一人で応援してるんだけど、同じ人を応援しているんだって思うと、妙な仲間意識っていうか、同じことを好きっていう共通点が嬉しくて。
コメントをしてくれた人はそんなことちっとも思わないのだろうけれど、でも、僕にとっては嬉しいことで。
ずっと、一人で本を読んで、一人でワクワクドキドキする胸の高鳴りを抱えてきたからかな。
好きや楽しいを分け合えるのがとても楽しくて、いつもコメントは読んでた。
今日も、昨日から話題のオオカミさん新着動画にどんなコメントが来てるだろうって覗いてみたんだ。
そしたら、ひとつ、昨日はなかったコメントが目に止まった。
敬語じゃなくて、親しげで、「あの頃」って言ってるのも、引っかかってしまう。
このメッセージをくれたの。
「……」
彼女じゃないのかなって。
スーパーマーケットで偶然出会ったあの彼女じゃ、って。
――やっぱ、昔からだけど。
昔を知ってるってことでしょう? 昔からのファンの方もいるけれど、そういう人とは少し違う気がしてる。なぜだろう。何がと、的確には言えないのだけれど。
――上手いよね。
その言い方も、なんだか、ファンの人とは違うように響くんだ。そして。
―― あの頃を思い出すよ。
その言葉が、すごくすごく、意味深で。
「……」
あの頃って? って思っちゃう。
思い出すって? 何を? どんなオオカミさんを? って、気になっちゃう。
そう、そうなんだ。
すごくすごく気になっちゃうんだ。
彼女じゃないのかなって。このメッセージを送ったアカウント名には「K」というイニシャルだけしか記されていない。それだけじゃ誰なのかなんてわからないし、昨日の彼女だって決めることはできないけれど。
でも、このメッセージと「K」というイニシャルで和磨くんには誰なのかわかっちゃうんだろう。それにもヤキモチがぷくっと膨らんでいって
「うー……」
変な唸り声が出ちゃうんだ。
「お疲れ様です」
「あ、椎奈くん、お疲れ様ー」
近藤さんがにっこりと意味深に笑ってる。僕は、ちょっと苦笑いになりながらぺこりとお辞儀をして、閉館したばかりの図書館を後にした。
一日、悶々としてしまった。
よくないなぁ。うん。とても良くないです。和磨くんはもう未練なんてないって言ってるのに。和磨くんが好きでいてくれてるのは、とてもありがたいことに、僕なのに。
それでも、彼女が、イヤイヤ、彼女からのメッセージかどうかもわからないのに、彼女からだと決めつけて悶々したりして。悶々したところでどうしようもないのに。こういうのはとても――。
「椎奈?」
「……?」
図書館を出たところだった。名前を呼ばれて、振り返った。
「?」
「椎奈!」
はい。あの……はい。
「俺だよ! 俺」
「……」
えと。
「あー、覚えてないか……っていうか、全然、イメージ変わったかもだから、わかんないかも」
えっと。
「俺、同じクラスで、一緒に本、小山内(おさない)」
「おさ……あ! え?」
僕は驚きすぎて、目玉が飛び出るかと思ったよ。
「小山内くん?」
「そ、小山内」
旧友の予期せぬ登場に。
「え、えぇっ?」
今日一日中、悶々とした分厚くどんよりとした灰色の雲のようなものが一瞬で吹き飛んでしまった。
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