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ヤキモチも美味しい秋編 7 若葉さんの悪戯心

「あはは、それは、和磨、失敗だったね」 「? 失敗?」  失敗、なんてしてないと思うのだけれど……と、首を傾げたら、今、襟足切ってますよーって、若葉さんに怒られてしまった。  今日はヘアカットをしてもらいに来てた。いつも、この特別ルームじゃなくていいですって言っても、リラックスできるでしょ? って、二階にある個室に案内してくれるんだ。ここは芸能人とかモデルさん、著名な人が人の目を気にすることなく、リラックスできるようにって用意されてる個室で。前に予約しようと思った時にホームページを見たら、特別室でのカットは代金、ちょっと高くなってた。なのに、いつも通常料金で。申し訳ないですって思う。 「和磨、渋い顔してなかった?」 「……してました」  同窓会に誘ってくれた旧友がアイドルになっていたんですって言ったら、すごくすごく、渋い顔をしてた。眉をギュッと寄せて、口がギュッと結んであって。  それまでにこやかだったのに、急に、にがうりをパクって食べたみたいに、ちょっと渋い顔だった。 「っぷは、まぁ、そうなるよね」 「?」 「佑久くん、言う順番が上手」 「?」  クエッションマークが今、十個くらいパパッと並んだ。  言う順番、ですか?  おかえりなさいって言った。次に、今日は主任にいただいたサツマイモでお味噌汁を作ったよって言って。それから、今日も新作の配信視聴してたけど、やっぱり素敵だった。あと、もうこの前の倍の視聴再生回数になっていてびっくりしたこと。それから、大学で市木崎くんがまたモテモテだったって話を聞いて。その時、あ! そうだったって、同窓会の話をした。その同窓会に誘ってくれた友人がわざわざ図書館まで来てくれたこと。そして、その彼がアイドルだってこと。 「でも、どっちにしても同窓会は行っておいでって言うと思うよ」 「……」  言いながら、若葉さんは口元を緩やかにして、僕のくせっ毛を少しずつ指ですくってくれる。 「佑久くん、同窓会とか苦手そう」  わ。すごい。そんなことまで髪の先から伝わるのだろうか。 「好きだったら、ごめんね」 「ぁ、いえ、実際苦手だったので、すごいなぁって」  どうしてわかったのだろう。 「美容師の勘です。色んな人のカットしてるからね」 「……なるほど」  それこそ、僕の百倍くらいの人と接してきたのだろう。 「髪型とか、髪質、髪の手入れ具合、オーダーの伝え方、カットしてる時の、お客様の様子。そう言うので、その人がどんな人なのか、って、なんとなくね。佑久くんもそうでしょ? 本のことに関しては」 「あ」  うん。それなら僕もわかる。司書の仕事をしていると、その人がどのくらいその本を読みたいと思ってるのか、学校の課題、仕事で、イヤイヤ、仕方なく、で読んでいるのか、わかっちゃう。 「だから、同窓会とか職場の飲み会とか、苦手だったかなぁって」 「……はい」 「でも、今はちょっとそういうの楽しいのかなぁって、思ってたりしない」 「はい」  そこまでわかってしまうものなのかと、少し驚いて目をパチパチと瞬かせてから、コクンと頷いた。  その様子にカットしていた手を一瞬だけ止めて、鏡越しにちらっとこっちへ視線を向けてくれる。小さく微笑んで、口元は微笑みを残したまま、また、シャキ、シャキ、と心地良い音を立てながらハサミでカットしてくれる。 「で、そういう、ちょっと楽しいって思えることが増えた佑久くんのことを嬉しい、素敵って思ってる。私も、和磨もね」 「……」  僕の、変化を。 「にしても、ファイブスターかぁ」  和磨くんも、僕のそんな変化を歓迎してくれてる。 「私でも知ってるよー?」 「若葉さんも知ってるんですか?」 「よく、カット、こんな感じでってオーダーされるしね」  なるほど。  頭を決して動かさないように細心の注意を払いながら、鏡越しに若葉さんへ視線を向けた。 「知ってるも何も、知らない人、いないんじゃない? ほら、この雑誌でも特集」 「そんなに。あ、本当だ。あ、この人、です。この人が、旧友です」 「へー、すご」  若葉さんが見せてくれたところにはなんとファイブスターの独占取材が載っていた。それから、昨日会った小山内くんと同じ髪色で、少しだけ、眉毛が濃くて、少しだけ唇が赤い。 「一番人気の子だ」 「そうなんですか?」  中心にいる子がアイドルのセンターと呼ばれる人なんだけれど、歌もダンスも一番上手くて、大人気なんだって。 「そ。あと、笑顔が素敵って。へぇ、彼が同級生なんだ」 「はい」 「これは、さすがに和磨も気が気じゃないかもね。やっぱ、上手いわぁ、私」 「?」  若葉さんは本当にとっても上手です。そう心の中で答えた。 「なんでもないよ。こっちの話」 「?」 「さて、今日は、こんな感じでいかがでしょう? 同窓会もあるし、少し、いつもよりもかっこかわいい感じに。とびきり素敵になって楽しんでおいでよ。せっかくじゃん。まぁ、これで和磨はまた困っちゃうかもだけど」 「! ……?」 「なんでもない。気に入った?」  若葉さんの魔法に、僕は瞬きをした。  気がつくと、鏡の中には襟足がすっきりとして、ふわりと、僕のコンプレックスでもあった、不格好だと思うばかりだったくせっ毛がふわりと揺れて。 「はいっ。ありがとうございます」  こんな僕でも、ちょっとだけ、素敵、と思ってしまう。  鏡の中には、そんな自分がいた。

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