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ヤキモチも美味しい秋編 8 彼の頭の中は
何を失敗したのだろう。
和磨くん。
――あー、土曜日は俺が掃除とかするし、気にしなくていいよ。
そう言ってくれているけれど、少し忙しいのかな。ちょっとだけ表情が曇り空なような気がする。
――忙しくないって。全然。
そう言っているけれど、疲れてるような気がする。
「あ、この曲、オオカミさんも歌ってた曲だ」
でも、オオカミさんの方が低音がかっこいい。あ、ここは、そういうふうに歌うんだ。上手だけど、僕の心にグッとくるのはやっぱりオオカミさんの歌だなぁ。あー、サビのところ、アレンジしてないんだ。オオカミさんのアレンジ最高に素敵なんだ。もうあのサビアレンジは痺れてしまう。もう百回以上聴いてるけれど、ちっとも飽きない。
ファイブスターの人気はすごかった。
小山内くんの歌、確かに、上手くて、びっくりした。
ダンスもすごくかっこいい。背、高校の時から高かったけど、ちゃんと背筋を伸ばして長い手足をリズムに乗せて動かすと、こんなに華やかなんだ。
すごいなぁ。
ほら、たくさんの人が小山内くんの歌に、踊りに、拍手してる。笑顔で、手を振って、歌ってる。元気に、楽しそうに。
コメントにも、小山内くんの歌に、ダンスに、見てるだけで元気が出るって。
オオカミさんみたいに歌は歌えないけれど。
一生懸命に、ほら、ピアノの時みたいに頑張ったら。
こんなふうに踊――。
「……佑久?」
「! っ、ひっ、あっ、えっ、っ、っ、っ、っ」
見。
「っ、っ」
み、み、み、み。
「っ、っ、っ、っ」
見られてしまった。
は、恥ずかしい。
見られちゃった。
穴があったら入りたい。
今――。
「な、なんか、ごめん」
「っ、っあ、いえっ、あのっ」
見様見真似でちょっと踊ってみたら、その、どうでしょうと思って、みたのだけれど。一人だし、試しに、と思ったのだけれど。
「えとっ」
「?」
「っ」
僕が片手にギュッと握っていたスマホへ和磨くんが視線を映した。
「あー、ファイブスター?」
「ぁ」
「かっこよかった?」
「ぁ、うん」
「そか」
ニコッと笑って、和磨くんが俯くと、テキストがたくさん入っているようで重そうに背負っていたリュックを肩から下ろした。
―― それは、和磨、失敗だったね。
そう、若葉さんが言ってた。
僕には、和磨くんが何をどう失敗してしまったのかわからないのだけれど、確かに、少しだけ最近、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ元気がないような。いや、元気だし、ニコッと笑ってくれるし、今朝もご飯おかわりしてたし。うん。元気なのだけれど、なんだろう、なんというか。
「あ、あのっ、すごく人気だった」
「んー、らしいよ。大学で、その話したら、市木崎がめっちゃ驚いてた」
「あ、そうなんだ」
「歌配信もしてるって」
「あ、うんっ、聴いたよ! それで、ダンス、も、踊ってて。高校の時は全然、僕みたいに、なんていうか運動苦手な人だったんだけど、すごいよね。だから僕も」
一緒に、マラソン大会はフラフラ亀さんグループだったし、水泳はまず日差しの強さに弱ってクタクタになってた。そんな小山内くんがこんなかっこよくダンスができるのなら、僕にも。
「僕、歌は全然だし。そもそもオオカミさんが歌上手いのに、僕が歌っても、でしょ。踊りなら」
「ぇ」
僕にも踊れるかなと、ちょっと思ってみたりして。そしたら。
「元気になってもらえるかなと思って」
「……」
「和磨くん」
「元気、か」
うん。元気に、何かを失敗してしまった君が、元気になるかなと。
いや、そんなにすごくものすごく元気がないわけじゃないと思う。触れても熱があるようでもないし、食欲もあるし。けれど、どこか、なんとなく……説明ができそうにないのだけれど。
フッと笑ってる。
「はぁーあ」
「?」
笑って、溜め息をついた。
やっぱり、どこか悪いの、かな。溜め息に一日の疲れと一緒に何かが。
「なんだなかぁ、俺」
「?」
「髪、切ったの、似合ってるね」
「ぁ、りがとう」
「若葉のやつ」
「?」
「……なんでもない。若葉のやつが笑ってそうだなって」
えぇって僕は驚いてしまった。笑ってそう? 若葉さん? 上出来って言ってもらったけれど。僕、変、かな。いや、若葉さんのところでカットしてもらうようになってから、毎回、近藤さんや主任に素敵って褒めてもらえることが多くなった。
「すっごい似合ってる。ちょっといつもより短くしたんだ」
「あ、うん」
そうなんだ。僕も少し首筋がスースーするからソワソワするんだけど。でも、素敵って言ってもらったし、和磨くんにも似合ってるって言ってもらえた。
「同窓会、楽しんできてよ」
「!」
「その日、たくさん話して。たくさん食べて。いっぱい笑っておいでよ」
「うん!」
何がどうなるかわからないよね。小山内くんはあんなにかっこいいアイドルになって、僕は。
―― いつもよりもかっこかわいい感じに。とびきり素敵になって楽しんでおいでよ。せっかくじゃん。
僕は、あんなに好きじゃなかった「人付き合い」を、少しだけ。
「うんっ」
してみたいって思えるようになったんだ。
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