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ヤキモチも美味しい秋編 9 和気あいあい同窓会

 土曜日の図書館はいつもよりも忙しい。返却の人がどっと来るから、棚へ戻す作業が多くなるんだ。特に最近は、読書の秋だからかな。返却が山のようになっていた。  いつもなら残業していくところだけど。 「あ、お疲れ様、椎奈くん」 「ごめん。今日忙しいのに」 「ううん。同窓会、だっけ?」 「ぁ、うん」 「楽しんできてね」 「……うん」  今朝、出勤の時にも言われた。  和磨くんに。  ――楽しできてね。マジで。  最近、少しだけ、ほんの少しだけ元気がなかったような気がしていたけれど、若葉さんには、何か和磨くんが失敗したって言われてしまっていたけれど、今朝はそんなことなくて。  ――行ってらっしゃい。  元気、そうだった。 「行って、きます」 「はーい」  同窓会は楽しんでくるものなんだなと。  人は、苦手だ。  そして、僕自身も、僕は苦手。  だったけど。 「あ、小山内くんっ、何飲む?」 「小山内くんっ、唐揚げ、食べた?」 「小山内くんっ、写真、一緒に撮ったら、ダメ?」 「あ、ごめん……写真は事務所NGなんだ」  お酒はもうおかわり頼んだから大丈夫だし、唐揚げは食べたよ。美味しかったって。忙しそうな小山内くんの隣で、結構楽しんでる自分がいた。  すごいなぁ。  昔は一分でも早く帰りたかったのに。 「はぁ……」 「大変そうだね」  次から次へと隣に、周囲に人が来て、小山内くんはちょっと困り顔だった。もうこのままここでサイン会とか始まってしまうかもしれないって思ったところで、何やら同級生同士で結婚する人がいるみたいで、宴会場のど真ん中でその報告が始まったんだ。  拍手喝采。  クラスメイト同士の結婚に、みんなが大喜びで、口笛が響いて。  やっと解放されたと、小山内くんが、ほっと胸を撫で下ろした。 「いや、笑ってる場合じゃないよ」 「ごめん」  くすくすと笑いながら、ちょっと酸っぱいレモンサワーを一口飲んで、僕も、大広間の中心で並んで笑顔の同級生に拍手を送った。 「でも、アイドルが来たら、みんなやっぱりちょっと浮き足立つのは仕方ないと思うよ」  僕もオオカミさんにイヤホン返す時は「わぁ」しか頭の中になくて、舞い上がって仕方なかったから。すごい、本物だ、本物が目の前にいるって。 「事実は小説よりも奇なり、だから」 「?」  オオカミさん、和磨くんとちゃんと会った初めての日は、そのフレーズが何度も頭の中に浮かび上がってたのを思い出して、ふふって、自然と笑みが溢れた。 「……なんか、椎奈は、印象変わったね」 「そう、かな。でも、うん。変わったと思うよ」  僕もそれは思うんだ。  人付き合いも、世界の広さも、全部、本当に変わったよ。 「あ、ファイブスターの、動画観たよ」  オオカミさんのあの動画を見ていなかったら、もちろん、僕はここに来たいと思えることはなかったし、小山内くんの動画を観ることもなかった。 「え、マジで? どう、だった?」 「うん。すごくかっこよかった」 「!」 「すごいなぁって思ったよ。運動神経よかったんだね。歌も。合唱コンクールとかもっとたくさん歌えばよかったのに」 「……」 「きっと今みたいに、すごく」 「俺、歌も、ダンスもさっ、椎奈に、」 「きゃー! 小山内くんっ」  その時、遅れてきた女子が飛びつくように小山内くんの隣にやってきた。すごい、やっぱり大人気だ。気がつけば、すでに宴会場の中央でやっていた結婚報告は終わっていて、賑やかさが盛り返してきてる。和気藹々と、あっちこっちが笑顔で。 「ねぇ、ねぇ、小山内くんっ」  空前の小山内くん人気も、またすごいことになっていた。  高校生の時には話したことのなかったクラスメイトが出版社に勤めていると教えてくれた。出版社で働いている人と話ができたのはとても興味深かった。サラリーマンになった、当時、野球部で活躍していた同級生は、剛腕と言われたその腕をぐるぐる回しながら、肩こりがすごくてと苦労している様子だった。すでに結婚している人も数人いた。中には当時の面影が全くなくなってしまうほど二回りくらい大きくなった人もいた。  みんなみんな成長していた。  僕も少し成長したようで、話しかけられて狼狽えるばかりで、昔だったら飛び上がって逃げ出していたかもしれないけれど、今の自分の様子を話すことができた。  司書をしています。  趣味は読書、だったけれど、最近は音楽鑑賞もします。音楽というか、好きなアーティストがいて、その人の配信がいつも楽しみです。  そう今の自分を説明したら。  オオカミさんのこと知ってる人がいて、嬉しかった。  僕、知ってるよ、とか、恋人だよ、とかは言わなかったけれど、内心、ファンに会えたってはしゃいでた。  誰かと楽しくおしゃべりをして、オオカミさんの話をして、笑って、お酒を飲む度に、なぜか不思議なことにだんだんと和磨くんに早く会いたい気持ちが膨らんでいった。  一次会が終わりました。そろそろ帰ります、って、メッセージを入れておこう。二次会には、行かずに帰ろうと思いますって。 「椎奈!」  そうメッセージを送った。 「ごめっ、捕まっちゃって、あんま話せなかった」 「ううん。すごい人気だったね」 「あのさっ」  帰ったらたくさん話したいな。今日の僕の様子を。楽しかったよ。髪型、くせっ毛を褒めてもらえたりもしたよ。これは腕のいいヘアスタイリストさんに切ってもらってるからですって、ちゃっかり宣伝もしてきたことも。  それから、オオカミさんのことも話したよって。 「あのっ、俺、椎名に言いたいことがあって」 「……」 「あのさっ」  帰ってから、和磨くんに話したいことがたくさんあるから。そう思いながら、少し酔っ払ってる僕は僕より十センチ近く背の高い小山内くんを見上げた。

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