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ヤキモチも美味しい秋編 11 恋木枯らし

 我儘は良くないって思うんだ。  ケチ、なのも良くないって思うし。  けれど。 「あのっ、ごめんっ、えと……その、僕に著作権とかあるわけじゃないのに。えらそうにっ、でもっ」  けれど、どうしても、思ってしまったんだ。 「……ごめんなさい」  あの歌は、僕と和磨くんの宝物って。 「あー……いや、そっか」  深く深く頭を下げたら、頭上で寂しそうな小山内くんの声がした。 「あの曲、いい曲だよね」 「……うん」 「俺、動画で何回も聴いててさ」 「うん」 「……そっか、あの曲のタイトル、タスクって、椎奈の下の名前、佑久、だね」 「……ぁ、えと」  今度は、重たい溜め息が聞こえた。 「あの、小山内くん」 「っ、ごめんっ、さっきの、忘れて」  顔を上げると、よく図書館で見かけた表情をする小山内くんがいた。何かを言いかけて、それから。 「やっぱ、なんでもない」  そう昔も同じことを呟いて、同じ表情をしてた。 「それじゃあ、俺、明日からまた撮影とレッスンがあって忙しいから帰るよ」 「……うん」 「今日は、楽しかった。また」 「……うん」 「俺は、次、同窓会とか行けないかもしれないけど。これからもっと忙しくなるっぽくてさ」  そうだ。小山内くんはすごく人気のアイドルで、これからが期待されていて、年末には大型歌番組のメインアーティストに抜擢されてるってネットに書いてあったよ。 「うん。頑張って!」 「……ありがと」  すごいよね。 「椎奈も、頑張って。会えて、嬉しかった」 「ぼ、僕もっ」  嬉しかったよ。楽しかった。  こういう席が苦手だった僕が楽しかったんだ。いろんな人と話せて、たくさん食べて飲んで、もしもまた次があるなら、ぜひにって思ったんだ。 「また一緒に同窓会に行こうよ」 「!」  もしもまた次に同窓会とかあるのなら、小山内くんも一緒に行こうよって。 「うん。ありがと」  そう、思ったんだ。  今日、市木崎くんと会ってたんだね。 「あー、まぁ、市木崎が行きたい店があるっていうからさ。そしたら、偶然、佑久の同窓会の場所の近くでさ。そしたら、まぁ、ちょうどいい時間だったし迎えに行こうかなぁって」 「うん」 「あれだから。別に、その」 「?」  珍しく、和磨くんが言い淀んでる。  僕らは家路をゆっくり歩きながら、夜も更けると随分と秋らしさが増した夜の風に変わってきていた。  とても楽しかったけれど、やっぱりちょっと疲れた、かな。  いろんな人と短い時間でたくさん色々話したから。頭がぐるぐるとしていたんだ。言葉が木枯らしに舞う葉っぱみたいにくるくると頭の中で踊っていて。 「そうだ。オオカミさんのこと、好きって言ってた子がいた」  ちらっとね、その子がテーブルに置いていたスマホの画面に和磨くんの写真があったんだ。思わず、じっと見ちゃって。  ファン、なんだって。  あの時、野外ライブの時は仕事でどうしても無理で泣く泣く断念したらしいけれど。もしも来られたのなら、あの場に居合わせたことになるんだって少しびっくりして。 「話が盛り上がっちゃって」 「……」 「この前アップした動画ももちろん観てたよ」  少し、慌てた。  僕との交際を公言してくれている、大事な人がいると周囲に話してくれているのはとても嬉しくて、幸せなことだけれど、やっぱりどこかで、僕みたいな特に何かスペシャルなものを持ってるわけでもない人が恋人だっていうのは、ファンの人には楽しくないだろうし。そんなこと、ないだろうけれど、そのことで何か、オオカミさんの活動の妨げになるんじゃないかって。  ちょっとだけだけれど、思ってしまうんだ。 「タスクもすごく好きだって言ってた」 「……」 「あとね」 「今日、けっこう頑張った」 「? 和磨くん?」  秋の少し薄手のTシャツやシャツじゃ肌寒い気がする風がぴゅっと吹いた。 「さっきのウソ。市木崎と飯食べたのは本当だけど。場所はあえて、あそこにしたんだ。佑久が行ってる同窓会の近くに」  もう暗いし、自宅はすぐそこだからと、和磨くんは風に飛ばされそうな帽子を取ってしまったから。 「絶対、あの同級生の、佑久のこと好きだと思ったし」 「!」  銀色の髪が風に揺れてる。 「それに、他の同級生だって、佑久と話したら、なんつーか、その」  綺麗な髪。キラキラ、サラサラ。 「俺も、佑久と会った時、なんか、もっと話したいって思ったし」  マスクはしてるけど、目元だけで、かっこいいなぁって思う。 「だから、盗られることはないけど、取り返すし。けど、なんか気が気じゃなくて。佑久がいろんな人と楽しそうにするのは嬉しいけど。でも、なんか焦って」 「……」 「だから、迎えに行った」  目が合うとドキドキしてしまうんだ。 「束縛激しい奴みたいで、アレなんだけど」 「……」 「でも、さっき、あいつと一緒にいるとこ見たら止まんなくて」 「……」 「ああいうの、初めてだ」 「初めて?」  あ。 「好きな子が別の奴と話してるのがイヤとか思ったの」  葉っぱが。 「初めてだった」  和磨くんの銀色をした綺麗な髪に留まった。  僕はそれを取ってあげようと手を伸ばして。 「あんなふうに、勝手に身体が動いたの、初めてだった」  指先に触れた銀色が少し冷たくて、ドキリとした。  恋しさが、無性に込み上げてきた。

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