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第23話

「兄上様、ご無事で何よりです」 酒の匂いを仄かに漂わせている絢人がおれに抱きついてくる。 「おい、やめろ。誰か来たら……」 「酔って兄に甘えている弟という事で通せば問題ないですよ」 そう言って絢人は頬を擦り寄せ、 「この会の後、俺たちふたりで正しい事をしましょう」 と、おれの耳許で囁いた。 「……あぁ……」 一瞬のドキドキは、死神の仕事をする、と意識したところですぐに落ち着いていく。 「兼ちゃん」 そこに、音椰の声が聞こえた。 「父さんが真っ赤な顔をして戻ってきたからドアの向こうで何かがあったんだなって思って見に来たんだけど……」 怒りを抑えている様に聞こえる声。 「父さん……あぁ、あの方の息子さんという事は貴方が音椰さんですか。初めまして、弟の犬養絢人です。お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません。先輩方に注がれるままお酒を飲みすぎてしまいまして……」 それに対して、おれから離れた絢人は柔らかな表情で音椰に話しかける。 「……ご丁寧にありがとうございます。犬飼音椰です。君の事は兼ちゃんから話を聞いていただけだったのでこうしてお会い出来て嬉しいです」 一呼吸おいて話す音椰は絢人に笑顔を見せて握手を求めてきたが、その笑顔は形式的なものに見えた。 「ありがとうございます。兄上様からお名前を何度か聞いた記憶がある音椰さんからご挨拶して頂けるなんて恐縮です」 握手に応える絢人の笑顔も音椰と同じだった。 向かい合うふたりは絢人の方が少しだけ背が高く、おれは山ふたつの間に挟まれるようになっていた。 「ねぇ見て!!」 「えっ、ウソ!?犬飼専務と新入社員の犬養くんが握手してる!!」 「待って、犬養係長も一緒ってヤバくない?」 握手を交わすふたりと、その間にいるおれ。 そこにいつしか女性社員たちが集まってきて、おれたちは囲まれて写真を撮られまくっていた。 重々しい空気がなくなったのは良かったが、人がいなくなるまでにだいぶ時間がかかった。

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