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第32話

「子供の頃はこんなお店はなかった、と記憶しています」 「あぁ、おれが高校卒業するくらいの時に出来たと思う」 入口で店員からカゴを受け取ると、絢人が店内を一緒に見てもいいかと尋ねてきた。 「こちらのお店、俺が住んでいた街にもありました。珍しい食材がたくさんあって、いつ来ても楽しくて好きなお店でした」 特に断る理由もないので付き合う事にしたおれは、普段はあまりじっくり見ない店内を絢人の話を聞きながら眺める。 店内は休日という事もあって混雑し、通路が少し狭いので人とすれ違う事も多かった。 「このお菓子が美味しくてコーヒーにも合うと思います」 絢人はおれの家にあるのと同じコーヒーと黄色いパッケージのクッキーを買った。 「明日もお休みですよね?今日は俺の家に来て欲しいです。こちらはその際に一緒に食べたいです」 そう話す絢人の顔は、少し赤くなっていた。 「……分かった」 もっと恥ずかしい事を昨日したというのに、こういうところで赤くなるなんて、とおれは思った。 「あ、やっぱそうだ。犬養じゃん」 そこに、荷物のたくさん入ったエコバッグを肩に掛けた、中学の同級生だった奴が声を掛けてくる。 バレー部の助っ人もしてくれた奴で、隣市の高校に進学してからはずっと会っていなかったが、髪色以外は変わっていなかったのですぐに思い出せた。 「お前、髪型以外ちっとも変わってねーな、すぐ分かったよ」 「お前もそんなに変わってないな、高田」 「兄上様、こちらの方は?」 「中学の同級生でバレー部の助っ人もやってくれた奴だ」 「兄上様!?お前、弟いたのか?」 「あぁ、母親は違うだけどな」 「初めまして、弟の犬養絢人と申します」 高田はおれと絢人を見比べて驚いた顔をした。 「お前んち、金持ちでワケありな家だと思ってたけど、こうして目の当たりにするとビビるわ」 それからそこでお互いの身の上を話しているうちに、高田が隣市で働いている事、もうすぐ奥さんが2人目の子を出産するという話を聞いた。 向こうで遊んでるから紹介する、と言われてついていくと、そこでおれは見えてしまった。 小さい子供向けのアスレチックで遊んでいる子供を見守っている奥さんのお腹が黒ずんでいた。 「お待たせ、買い物行って来たら途中で昔の知り合いに会ったから連れて来た。中学の同級生とその弟」 「初めまして」 「どうも……」 死産なのか、産まれても長くないという事なのか、おれにとっては初めての光景だった。 「兄上様、ここは俺に任せて下さい」 絢人が近づいてきて聞こえるか聞こえないかの声で言う。 「お身体どうかご自愛くださいね。私、大学時代に産婦人科で実習をした事がありますが産まれる直前が特にトラブルが多いと聞き、実際に急患で運ばれてきた妊婦さんもいらっしゃいました。少しでもいつもと違う事がありましたらぜひ受診された方がよろしいですよ」 と、絢人は奥さんに近づくと笑顔で言った。 「あ、はい、ありがとうございます……」 絢人に言われて奥さんはときめいている様に見えた。 「高田さんも、大切な奥様とお子様ですから、気のせいかもしれないと思うような事でも病院に行く方がよろしいかと思います」 「あ、あぁ、どうも」 それで高田とは別れて、おれたちは絢人が食材を買いたいというのでモール内にあるスーパーで買い物をした後で絢人のアパートに向かった。

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