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第65話
「犬養、悪いがこの書類、営業部まで届けてくれ」
「かしこまりました」
午前の仕事がもうすぐ終わる頃、おれは部長にそれなりの厚みがある赤いファイルを渡される。
それを営業部に届ける途中、ガラス張りの部屋に絢人が他の職員といるのが見えた。
何を話しているのかは聞こえてこないから分からないが、バレーの時とはまた違った真剣な表情をしている絢人に、おれの胸は高鳴った。
「兄上様!!」
ほんの少しだけ立ち止まっていたら絢人と
目が合ってしまい、絢人はかなりの大声でおれを呼ぶと、いつものうるさいくらい目を輝かせながらおれの元までやって来た。
「お前、会議中じゃなかったのかよ」
「はい、打ち合わせをしていましたがもう終わって最終確認をしていたところでした」
「おー犬養、お前がこっち来るなんて珍しいな」
絢人に続いておれの同期で大卒入社の奴が声を掛けてきたので、
「これ届けに来た」
と言って役付きのそいつに預かってきたファイルを渡した。
「お、サンキュー、助かるよ。犬養、悪いけどここのページさっき言ってた資料だから大至急コピーしてきて」
「はい、かしこまりました!」
同期はファイルをざっと見ると、その中から付箋のついたページを開いて絢人に渡し、それに対して絢人はすぐに部屋の方へと戻っていった。
「お前、弟いたんだな、優秀ってトコ以外全然似てねぇけど」
絢人が戻るまでの間に同期は絢人の指導をしている事、絢人は仕事ぶりはとても優秀だがおれの話をするとかなり突っ込んで聞いてくるという事を話した。
「離れて暮らしていた時間が長かったから自分の知らない兄上様の話を聞くのが嬉しいって言われたんだけどさ、お前の弟少しブラコン過ぎるわ」
「…………」
あの野郎。
おれの事になると気持ちが抑えられなくなり過ぎだ。
「……なんかお前、少し見ないうちに雰囲気変わったな。前より中性的になったっていうか、変な色気が増したというか……」
おれが言葉を返さずにいると、同期はおれを舐めるような目で見てくる。
「止めろ、気持ち悪い。欲求不満なら風俗行って来い」
おれの腰に手を伸ばそうとしたので、すんでのところで食い止める。
絢人よりは低いがおれよりは背が高くガタイもそれなりの同期はおれの抵抗に、
「そういう顔されると無理矢理言う事聞かせたくなっちゃうんだよね、オレ」
と言って不敵な笑みを浮かべた。
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