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第73話

「父上様とお別れする前に、家族の思い出を作りたいです」 タイムリミットまで残り1ヶ月を切っていた。 母親に連絡すると、向こうも父親から話を聞いたのか週に一度は時間が短くてもいいから家族で過ごそうと言ってきた。 「かんぱーい!!!」 そうして、おれたち家族4人は母親の店で一緒に食事をするようになり、金曜に集まった時にはそのまま母親の家に泊まって家族としての時間を大切に過ごした。 と言っても、父親は土日も仕事だからそんな日の翌朝は母親手作りの弁当を持ってすぐいなくなってしまっていたが。 「アンタ、女性関係精算した?立つ鳥跡を濁さずよ」 「うるせーな。それはもうとっくの昔に終わってるって」 「そう、ならいいけど」 絢人も同じだと思うが、おれの視界に入る父親の姿は血だらけの狼にしか見えなくなっていた。 母親はどう受け入れたのだろう。 あっけらかんとしているように見えるが、何も感じていない筈がない。 「俺は幸せ者だ。好き勝手生きたのに、いい女に出逢えたし、いい息子たちにも恵まれた」 酒が進むと、父親は突然言い出した。 来週に継承の儀を控えた、恐らくこれが最期の家族の時間という時だった。 「こんなろくでもない男なのに最期まで家族としていさせてくれてありがとな」 「…………」 血だらけの狼……父親が血の涙を流しているのが見えた。 「やめてよ、もう、そんなんアンタらしくないから……」 母親の声が震えている。 「まなみ、兼輔を産んでくれてありがとな。兼輔が産まれた時、看護婦みんなにママそっくりの美人顔だって言われて俺、スゲー嬉しかった。絢人の事も可愛がってくれて、お前はサイコーにいい女だった」 「晴臣、お願い、もうそんな事言わないで」 「……悪いな、泣かせちまって……」 並んで座っていた父親と母親。 父親は母親を抱き締め、母親は父親の腕の中で泣いている様だ。 おれの目には血だらけの毛の中に母親の姿が埋もれている様にしか見えなかった。 「兄上様」 ここはおふたりにしましょう、と、おれの隣に座っていた絢人が耳打ちしてくる。 「そうだな」 おれたちはふたりに気づかれないように席を立ち、おれの部屋だった場所に向かった。

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