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第76話

「お疲れ様、慣れない着物を着て疲れていないかい?」 本家の人間であり、職場でもよく顔を合わせる男が言った。 「お気遣いありがとうございます、大丈夫です、ね?兄上様」 「あぁ……」 いつもは梳かしただけにしている髪を整髪してオールバックにしている絢人。 大人びた雰囲気にはどこか色気があって、集まった親戚たちの注目の的になっていた。 泊まる部屋に案内され、荷物を置かせてもらうと20人ほどが集まっているのにまだ余裕のある部屋へ通される。 顔見知りと初対面の顔が半々くらいだった。 「本日は我々の為に御多忙のところ、このような場を設けて頂きまして真にありがとうございます」 父親が例になく礼儀正しく丁寧に挨拶をし、おれたちは父親に倣って頭を下げた。 「明日、私共は我らの御太祖に次男の絢人を私の後継者として指名する事をお誓いさせて頂きます。皆様にはその前に御報告をと思い、本日伺った次第であります。なお、絢人は隣に居ります長男の兼輔と幼き頃に絆結の儀を結んでおり、夫婦となって家の繁栄の為邁進するよう伝えております。歳若く未熟なふたりですので私の死後もどうぞお力添えをお願い致します」 「お願い致します!!!」 「……お願い致します……」 父親が言って頭を再び深く下げた後、絢人が大声で言って父親に倣う。 それでおれも絢人ほどではないが出来る限りの声で言って頭を下げた。 「委細承知しました。貴方からこのような言葉が聞けるなんて思いませんでしたよ。貴方も人の親になったのですね、晴臣さん」 一番歳上で、一番格が高そうな男が言った。 「絢人さん、貴方には悲しい役目を負わせてしまいますね」 「……とんでもない事でございます。私は仕事を恙無く行うだけ。それは相手が誰であれ変わりません」 頭を下げたまま話す絢人。 「そうですか。晴臣さん、頼もしい限りですね」 「お褒めの言葉、痛み入ります」 「兼輔さん」 「はい」 「お顔を上げて、こちらにいらっしゃい」 「……はぁ……」 おれは言われた通り、男の傍に歩み寄る。 白い髪を肩の少し上で切り揃えた、家紋の入った黒い着物を着たおれよりも小柄の男。 おれが傍に来るとその人は立ち上がり、おれの周りをぐるりと一周しながら皺が多く刻まれている手で顔や髪に触れてきた。

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