86 / 97

第86話

「…………」 並んで敷かれたふたつの布団。 ここにはもうひとり、父親もいる筈だった。 最期の夜を共に過ごす筈だった。 音椰の亡骸は一族の人間が回収して荼毘に付すと言っていたが、父親と叔父の亡骸はなく、おれたちが父親と叔父を最期に見たあの場所には父親の煙草入れと音椰の顔に掛けた叔父のジャケットだけが残っていた。 絢人は煙草入れを布団の頭の方に置くと、両手を合わせた。 「俺も死ぬ時は影も形も残らないのでしょうね」 「…………」 絢人は俯くと肩を震わせる。 「母上様に何とお伝えすれば……」 「…………」 おれより大きくて広い背中が小さく見えて、何の救いにもならないと思ったが黙って見ている事も出来なくて、つい背後から抱き締めていた。 「兄上様……」 そう言いながら、絢人は痛いくらいにおれの腕を握ってくる。 「……お前はおれよりデカくなっても泣き虫のままだな……」 頬を擦り寄せて、ぐすぐすと泣いている絢人に向かって言うと、絢人はすみませんと言いながら泣いていた。 与えられた使命と割り切っていたと思うが、やはり絢人の純粋な心にはダメージが大きかったのだろう。 おれはこないだ泣いたからか、もう涙は出てこなかった。 「……兄上様だって俺とセックスしてる時、いつも泣いてるじゃないですか……」 しばらく泣いて気持ちの整理がついたのか、俺の方に向き直ると絢人はこう言って、おれの頬を手で撫でてくる。 「……うるせぇ……」 泣くの意味が違うだろ、それは。 と返すと、絢人は涙の残る目を細める。 「泣いている兄上様、とてもお可愛いらしくて堪らないです」 「……ッ、、、」 唇に触れるだけのキスの後、絢人は先程自分が噛み付いた跡をなぞるように舌で触れてきた。 「兄上様、俺、兄上様より先に死んだりしません。死ぬ時は共に父上様の元へ参りましょう」 「……あぁ……」 抱き締めながら話す絢人の背に、おれは腕を回した……。

ともだちにシェアしよう!