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第94話
「兄上様」
ドライヤーでおれの髪を乾かし終えると、絢人が背後から抱きついてくる。
「どうした?」
「悲しい事もありましたが、今、とても幸せだなと思いまして」
「……そうだな」
頬を擦り寄せてくる絢人におれは応えた。
対立していた叔父。
おれをずっと想っていてくれたのに、おれは何も気づかず過ごしてきて、最悪な別れ方になってしまった音椰。
そして、おれたちに後を託して先に逝ってしまった父親。
会社でも3人を一気に失った損失は大きく、最近になってようやくその穴を埋められたのではないかと思う。
「俺たちのところに子供が来てくれた時、兄上様も変わってしまうのでしょうか」
「そんなの、出来てみなきゃ分からねぇだろ。おれじゃなくてお前が子供に夢中になるかもしれねぇし」
「そうですね」
この先どうなるのかなんて全く分からない。
だが、どんな事が起きても絢人とふたりで乗り越えて生きていきたい。
なんて事を思いながら過ごしていたある日、おれは自分のカラダに異変が起きている事に気がついた。
耳が徐々に小さくなり、代わりに髪の毛とは異なる……絢人がオオカミになった時の毛並みに似た白い毛が生えてきた。
その毛は尻の間にも生えてきて、絢人がスマホのカメラで撮影して見せてくれたのだが、まるで尻尾の様だった。
「兄上様……これはもしかするとご懐妊されたという事なのでは……」
と、絢人は父親が生きている時に聞いたという、おれがもし妊娠したらエゾオオカミの姿に近づいていき、出産の際はその姿になる事、妊娠期間は2ヶ月程である事を話しだした。
父親はまたも絢人にだけ話しておれには何ひとつ話していなかった事があったという事を知り、おれはまたか、という気持ちになった。
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