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第2話「受難の幕開け②」

  **** 「よお敬太。昨日は散々だったみたいだな」  翌朝。僕が寝不足のまま一階のリビングに入って早々声を掛けてきたのは礼司さんだった。昨日とは打って変わって上機嫌な礼司さんが僕の肩を抱き、ニヤニヤと僕の顔を見る。僕はげっそりとしたまま「……何の事ですか」と誤魔化すが、礼司さんは笑みを浮かべたまま。何もかもお見通しだって顔をしている。 「いやあ、据え膳食わぬは男の恥……とはよく言ったもんだがな。逃げ出しちまうとは度胸がねえぞ敬太。折角、運よく白金とヤれるチャンスだったってのに……」  スパーン! 僕が礼司さんの言葉にぎょっとしてすぐ、礼司さんの頭が丸めた新聞紙で叩かれた。 「朝から下品な話をしないで下さい、副隊長」  新聞紙で礼司さんの頭を叩いたのは律君だ。「何すんだ律!」と、礼司さんはすぐに律君に噛みついて二人が睨み合う。だけど僕にはそれを止める元気もなかった。 「ちょっと、りっちゃんと礼司君ー? 朝から喧嘩しないで。敬太が困ってるでしょ」  声の方に顔を向けると、コーヒーを片手に呆れ顔で琉衣さんが僕達の方を見ていた。琉衣さんいつもありがとう……。 「で、敬太はリーダーとキスしたの?」 琉衣さんの仲裁に少しだけ気持ちが明るくなったのも束の間。琉衣さんがニコッと笑って言った。僕が固まると、礼司さんが横から「したぞ」と我が物顔で言う。 「ちょっと! な、なんで礼司さんが知ってるんですか!」 「昨日の夜、白金が言ってた」 平然とした顔の礼司さんに絶句する。何で明人さんが僕とキスをしたことを礼司さんに言ってるんだ⁉ 普通は内緒にするものじゃないのか! 「ふーん、へえー、そうなんだ。で、敬太に逃げられたリーダーは礼司君と夜を明かしたのねえ」 「まあ、そういうこったな」  琉衣さんは何かに納得したように頷き、礼司さんは妙に意味ありげに嬉しそうな顔をする。僕が訳も分からず二人を見ていると、律君が「敬太」と、何か申し訳なさそうな顔で僕を呼んだ。 「……その、君に今まで言ってなかった事がある」 「言ってなかった、事って……?」  僕が首を傾げると、律君は少し視線を泳がせてから、意を決したかのように叫んだ。 「明人隊長、いや……兄さんは、ド淫乱なんだ!」  ブフォとコーヒーを吹き出したのは琉衣さん。礼司さんはぽかんとしてから震え出し、お腹を抱えて笑い出してしまう。  ドインラン……? ドインラン、って、なに? 国の名前? どういうこと? 僕が頭の中をハテナマークでいっぱいにすると、律君は眼鏡のブリッジを押し上げて真剣な顔で言った。 「君にはまだ説明していなかったが、兄さんは僕達のチームワークを強めるために、『ご褒美』という名目で僕達と定期的に行為に及ぶんだ」 「こ、行為に及ぶってどういうこと……?」  意味が分からなくて混乱していると、先ほどコーヒーを吹き出した琉衣さんが気を取り直したようにして僕の肩をぽんと叩く。 「つまりね敬太。簡単に言うと、リーダーが僕達と日替わりでセックスしてくれるってことなの」 「……え?」  セッ……な、なんだって? 僕が呆気に取られていると、ひとしきり笑い終わった礼司さんが目じりを拭いながら言う。 「まあ、突然言われてもわからねえだろうさ。……それにしても律、お前よく大~好きな兄貴の事をド淫乱なんて言えたもんだな」  礼司さんがニヤッと笑って律君を見る。律君は目を見開き、じわじわと顔を赤くして言う。 「だ、だって間違ってないでしょう! 兄さん、すぐ自分の身体で解決しようとするし……この前だって僕のプリンを間違って食べたお詫びにって、口で……」 「あー! ちょっとストップりっちゃん! 敬太がパンクするからそれ以上はナシ!」  顔を赤くして何か良からぬことを口走りかけたのであろう律君を琉衣さんが慌てて止める。僕は訳が分からずに立ち尽くし、頭の中に広大な宇宙が広がって帰ってこられなくなっていた。  僕は三人に何を言われているんだろう。話をまとめると、つまり明人さんが定期的にメンバーと性的な行為をしていると聞こえたのだけれど。聞き間違いじゃないのか。いつも冷静でありながら勇敢に先陣を切って行動する雄々しい明人さんが、メンバーの性処理をしているなんて……信じられるはずもない。  だけど、昨日の夜のキスからして、明人さんがそういう事に慣れているのは何となく察しがついた。だからといってまさか隊員とそういう事を定期的にしているなんて思わなかったし、まだ嘘なんじゃないかと思っている。 「敬太、先に言っておくぜ。幻滅したなら、今が辞め時だ。俺達の独自のルールやコミュニケーションが理解出来ないんじゃ、この先レチェラスでお前はやっていけねえ」  先程の嬉しそうな顔とは打って変わって、礼司さんが僕に真剣な眼差しを向ける。琉衣さんもまた「そうだねえ……」と言いながら神妙な面持ちでコーヒーを啜り、律君もまた真面目な顔をした。 「この都市の平和を取り戻すために、僕達には強固な連携が必要なんだ。だから、僕達は兄さんを通じて『兄弟』となって……チームワークを高めている。倫理を欠いているのは重々承知だ。だけど、例え真っ当な倫理観を捨ててでも、僕達は支え合って戦い抜く覚悟をしている。それが分からないなら、副隊長の言う通り脱退した方がいい」  律君の言葉に、僕は息を詰まらせる。最初こそ何を言っているのかわからなかったけれど……この人達は本気なんだ。この都市に平和をもたらそうとしているからこそ、お互いの強固な絆を確かめ合う為にそういう行為をしている。秩序も道徳も捨てて、戦っている。何だか、僕の方こそ恥ずかしくなってきた。目の前に突き付けられた表面的な事実にショックを受けて、本質を見ていなかった。  明人さんが、心からチームを大事にしている事はちゃんとわかっていたはずなのに。チームを大事にしているからこそ、皆を繋ぐ架け橋になろうと奔走する明人さんの事を……僕はちゃんと見ていなかった。あれが明人さんなりのコミュニケーションだったんだと気づいた僕は、明人さんに謝りたくなった。 「……明人さんって、今、部屋にいるんでしょうか」 「いや、さっき走り込みに行ったみたいよ」  琉衣さんの返答に、僕は顔を上げる。 「僕……明人さんを探してきます!」  僕は勢い良くリビングを飛び出し、玄関で急いで靴を履いて家を出た。明人さんがランニングするコースは大抵一緒なのは知っている。たまに僕も一緒に走っていたから。僕は地面を蹴り走り出す。明人さんに早く会いたかった。  僕はいつも明人さんが走っているコースを回っていく。大通りから住宅街を走り抜け、僕の通っている大学の校舎に続く道まで辿り着いた所で息が切れた。僕は体力がそんなにある方じゃない。でも、一刻も早く明人さんを見つけたくて僕は何とか息を整える。  明人さんに謝って、それで、僕は明人さんと……そう頭の中で考えをまとめた、そんな時だった。 「……敬太?」  声がした。聞き覚えのあるその声にハッとして、僕はすぐ振り返る。 「明人さん!」  そこにいたのは、僕が探していた明人さんがいた。黒地に赤いラインの入ったジャージを着た明人さんは、息切れをしている様子もなくただ目を丸くして僕を見ている。僕は駆け寄って、明人さんの事を見上げた。 「どうしてこんな所に。何かあったのか?」  明人さんが真剣な顔つきになる。何か非常事態が起きたのだと思ったらしい。僕は慌てて「いえ! そうではなくて……」と明人さんに言う。すると明人さんは不思議な顔をして「じゃあどうしてここにいるんだ」と聞きたそうに首を傾げた。 「その……昨日の事を、謝りたくて」  僕の言葉にすぐピンと来たみたいに、明人さんが「ああ……」と目を細める。 「昨日の事は気にしなくていい。俺の方こそ、いきなりあんな事をしてすまなかった。驚かせてしまっただろう」 「い、いえっ、その……確かに、すごく驚きました。すごくドキドキして、最初はよくわからなかったです。でも……」  僕は一度そこで区切って、明人さんを真っ直ぐに見つめた。 「今日皆さんから話を聞いて、明人さんが自分なりにチームワークを大事にしようとしている事を知りました。明人さんが、強い覚悟と優しさを持って皆に接しているんだって、そう思ったんです。だから、あの時明人さんの優しさを拒んでしまったことが……申し訳なくて。すぐにでも謝りたくて、明人さんを探していたんです」  僕は全てを話し終えると、改めて頭を下げて「すみません」と謝る。明人さんの優しさを無下にした事を、心から反省していた。 「……敬太、顔を上げてくれ」  僕は明人さんに言われるがままに顔を上げた。見ると、明人さんは眉を吊り下げ困った顔をしている。どうしてそんな顔をするのだろうと明人さんを見つめていると、明人さんは小さくため息をついた。 「君は……もっと怒ってもいいんだ。普通、嫌になって部隊を辞めてもおかしくない。こんな……見知らぬ男にキスをされたんだから」 「明人さんは見知らぬ男なんかじゃありません! 明人さんは……勇敢で、聡明で、かっこいい……僕の憧れの人です!」  僕は半ば叫ぶように言う。すると明人さんは目を見開いてから、すぐに穏やかに笑った。 「やっぱり君は……」  明人さんがそこまで言いかけたところで、ピピピと音が鳴る。明人さんがすかさずジャージのポケットからスマートフォンを取り出し、耳元にそれを当てた。 「明人だ。……なに、敵が近くに?」  明人さんの顔が強張る。敵と聞いて、僕にも緊張が走った。  触手人間が近くにいる……しかし、僕達は今いつもの特殊装備を持っていない。武器も置いてきてしまった。敵が近くにいても……僕達だけでは対処ができない。 「周辺地域に避難指示。それからすぐに出動準備を。対象を見つけ次第連絡する」  明人さんがスマホをポケットにしまい、僕の方を向く。 「敬太、君は周辺で避難が遅れている人間がいないか確認してくれ。俺は触手人間を探す」 「装備もないのに無茶です! 隊員が来るまで待ちましょう!」 「駄目だ。待っている間に触手が他の人間と接触感染を起こして繁殖すれば更に被害は悪化してしまう。それを防ぐためにも、対象を発見次第俺が引き付けて時間を稼ぐ」  あまりに無謀な作戦に僕は愕然とする。もし、そのまま明人さんが触手に感染したらどうするというのだろう? 僕達は大切なリーダーを失うことになる。  明人さんの提示した作戦が、得策ではないことは僕でもわかる。でも明人さんの顔は本気だった。自分の命を賭けようとしている。僕は息を呑んで明人さんを見つめた。 「……大丈夫だ、敬太。心配はいらない」  明人さんが僕の肩を叩く。僕を安心させようとしてくれている明人さんの優しさに胸が苦しくなった。  わかりました、そう僕が明人さんに言葉を返そうとした時だ。明人さんがなにかにハッと気づき叫ぶ。 「敬太ッ! 伏せろ!」  声を出す暇もなく、僕は明人さんに引っ張られて地面にしゃがみ込む。間もなくして僕達の周囲に火花が弾けた。僕が周囲を見渡すと桃色のスライムの様などろついた何かが道にへばりついている。このどろついたスライム……触手人間の体液の一部だ。触手人間の体液には発火性があり、着弾すると爆発を起こす。当たればひとたまりもない。  これが僕達の方に来たという事は……と、僕はすぐに振り返る。 「……あちらからおでましという訳か」 明人さんの呟き。そこにはやはり、身体が半透明の桃色をした触手人間がいた。頭はイソギンチャクのように無数の触手が生え、ナメクジの身体のようにぬらついた両腕をふらふらと上下に動かすその姿はまさに異形の者だ。身体をふらつかせ、ぬるぬるとした身体を動かして触手人間は近づいてきている。 「敬太、君は逃げろ」 「そ、そんな……」 「早くしろ!」  明人さんが僕を突き飛ばす。僕はよろめいて明人さんの方を振り返った。明人さんは触手人間と睨み合い、僕を見ていない。僕は震えながら唇を噛みしめ、走り出した。ここで共倒れだけは避けたいという明人さんの気持ちを汲もうと思った。  でも、道の途中で僕は立ち止まる。怖くなった。僕の知らない所で明人さんが危機に瀕することが。明人さんを失うのが怖い。僕だけが逃げ延びたって仕方ないじゃないか。大事なのは……大事なリーダーを命を懸けて守る事じゃないのか。 僕はいてもたってもいられずに道を引き返した。僕は明人さんを守りたい。ここで明人さんを守る行動をしなければ、僕はきっと一生後悔するだろう。 「ぐあっ!」 触手人間と明人さんの元へ戻った直後だ。明人さんが石の壁に叩きつけられる瞬間に遭遇してしまう。触手人間に吹っ飛ばされたんだろう。僕はサッと血の気が引いた。明人さんは壁に背中を預けたまま立ち上がらない。しかし、視線の先では触手人間が次の攻撃を仕掛けようとしていた。  ビュッと音を立てて、しなる触手が明人さんの方に向かって行く。鞭打ちにするつもりだ。 「明人さんッ!」  明人さんの元へ駆け寄る。そして、僕は即座に触手に背を向け明人さんを庇った。  触手に背を向けた直後、バチッと激しい痛みと電流が身体を走り抜ける。思わず小さく呻いたが、ここで倒れれば明人さんの方に被害がいくかもしれないと歯を食いしばって痛みに耐えた。 「敬太……!」  明人さんの焦る声。僕は「逃げて下さい」と口元を動かした。足を震わせなんとか立ち尽くす僕の後ろ手に、触手人間が近づいてきているのが分かる。次に攻撃を受ければ、僕の命は……。そう、覚悟した時。 「ギィイーッ!」  後ろ手から、触手人間と思われる悲鳴が聞こえた。何が起きたのか、僕はゆっくりと身体ごと振り返った。 「……あ」  そこでは、触手人間を押さえつけるユウマさん……もといレチェラス・フォーがいた。 「フォー、そのまま押さえてろ!」  礼司さんの声がしたかと思えば、視界に武装したレチェラス・ツーとレチェラス・スリーの姿が映る。二人が同時に光線銃を構え、間髪入れず触手人間に光線を放った。  光線銃を撃たれた触手人間は酷く暴れたが、フォーの腕力には敵わず逃げ出せないまま光線に当てられ弱っていった。  光線に当てられた触手人間の身体は、半透明だったピンクから段々肌色になっていく。元の人間に戻りかけているのだ。きっと完全に人間に戻るには薬品の投与などが必要だろうけれど、きっと琉衣さん……レチェラス・ファイブがなんとかしてくれるだろう。  僕は安堵感と共に、その場に崩れ落ちる。そんな僕の身体をすかさず明人さんが支えてくれた。 「敬太! しっかりしろ!」  明人さんが僕の身体を揺する。背中のズキズキとした痛みをこらえながら僕は痺れる指先で明人さんの頬の傷に触れた。 「よかった……です、明人さん、が、無事で……」  僕が笑うと、明人さんが苦しそうな顔をする。「……君は大馬鹿だ」と苦々し気に口にした明人さんの声が少しだけ震えていた。 僕はその震える唇を見つめ、静かに意識を失ったのだった。 ****  触手人間との遭遇からどれくらい経ったのか。僕が重い瞼を開くと、そこには見慣れた天井があった。ここは……僕の部屋? 「……気が付いたか」 「明人さん……」  倦怠感に満ちた僕の身体に声が響く。声の方に顔を向けると、ベッドの近くで椅子に座った明人さんがいた。 「今……何時ですか?」 「もう夕方だ。君はずっと……意識を失っていたんだ」 「触手人間は……」 「礼司達が対処した。周辺への感染被害などは出なかった」 「そうですか……」 よかった。ほっとしたのも束の間、明人さんは真面目な顔をして僕に言った。 「敬太、どうして俺の指示を守らなかった? 俺は、君に逃げろと言ったはずだ」  少し怒ったような声に、僕はぼんやりとした意識のまま「すみません」とだけ謝る。言いたいことは山ほどあったけど、どれも口にできない。でも、あの時はどうしても逃げるより明人さんを守りたかったんだ。僕が黙っていると、明人さんが少し俯く。 「……すまない。君を責めたい訳ではないんだ。俺の所為で……君が怪我をしたことが、悔しい。俺は君に怒っているのではなく、自分自身に怒りを感じている」  明人さんが言う。やっぱり、明人さんは誰よりも仲間想いなのだと感じて僕の胸がしめつけられた。 僕は膝の上で握り締められた明人さんの手にそっと自分の手を伸ばし、重ね合わせた。明人さんが「……敬太?」と僕の顔を見る。 「僕が、明人さんを守りたくて……行動したんです。僕は、後悔してません。だから、明人さんも……自分を責めないで下さい」  僕がそう言うと、明人さんが目を伏せる。黒く長い睫毛が小さく揺れるのが綺麗で見蕩れてしまう。何だか妙に身体も熱くなってきた。息苦しくて吐いた息も熱い。 「……治療薬が効いてきたみたいだな」 「治療、薬?」 「ああ。君は触手人間と接触してしまったから、琉衣から触手細胞の繁殖を抑える治療薬が投与されたんだ。その副作用として倦怠感、発熱などの症状が出てしまうのだが……」  ぼーっとする頭で、明人さんの説明を聞く。つまり、僕は正式な治療を受けているという事なんだなと理解する。それは、いいんだけど……。 「あ、あの、明人さん……他にその、副作用って、あるんですか?」 「? 例えば?」  明人さんが首を傾げる。僕は言うのが死ぬほど恥ずかしかったが、視線を逸らしつつぼそっと言った。 「たっ……例えばその……か、下半身が痛い……とか……」 「下半身……まさか、手足の麻痺か?」  明人さんの顔が深刻な色を見せる。違う、そうじゃないんです! と叫びたくなる。僕が言いたいのはそういう事ではない。僕が首を横に振ると「ではどういうことなんだ?」と明人さんが詰め寄ってくる。もう言うしかないのだろうか。 「あ、の……きっ……局部が痛いです!」 「……なるほど」  シン……と部屋の中が静まり返る。明人さんが神妙な面持ちになり、僕は顔を真っ赤にして手で覆った。これが治療薬の副作用なのだとしたらあんまりだろう。 「痛いというのは、具体的にどういう痛みなんだ」 「……破裂しそうな、痛みというか……」  恥ずかしさのあまり口ごもる。うぅ、何の拷問なんだこれは。明人さんは何かを考えるように顎に手を当てている。地獄のような空気が続き、僕は今にも明人さんに背を向けたくなった。 「一度見てみようか」 「へっ⁉ ちょっ、ま……」  明人さんが僕の被っていた布団を勢いよく剥ぐ。いつのまにかパジャマに着替えさせられていた僕の身体の……下。ちらりと見てみたが、僕の局部はしっかりズボンを押し上げ膨らんでいる。つまり勃起している。これが薬の所為なら最悪である。こんなの、明人さんに見られるなんて恥ずかしすぎる……。  僕が見ていられなくて視線を逸らすと、逸らした視線の先で何故か明人さんが穿いていたジーンズを脱ぎ始めていた。 「えっ、あ、明人さ、え?」 「どうした敬太」 「いや、あのう、どうしてズボンを脱いでいるんですか?」 「君の治療のためだ」  治療? 僕が頭に疑問を浮かべているうちに、明人さんが下着をするりと足から引き抜いて床に脱ぎ捨てる。それから何をするかと思えば、ベッドの上に明人さんが乗って来て僕のパジャマのズボンをずらした。  下着ごとずらされたことで勢いをつけて勃起した僕の性器が飛び出す。完全に起立しきって震える僕の性器の生々しさと、それを食い入るように見つめている明人さんの構図の訳の分からなさに眩暈がした。 「すぐ、終わるからな」  いつのまにか明人さんの手に小さなハンドクリームのようなものが。ポケットにいれていたのだろうか? 僕がそんなどうでもいいことを考えているうちに、明人さんがチューブからとろっとした液体を出して手の平にのせる。明人さんは液体を指先に絡ませると、べとべとの指先を自分のお尻の方に持って行った。 「……んっ」  明人さんが小さく肩を揺らす。え、これは、何だ? 今何が起きているのかわからなかった。じっとよく見ると、明人さんが……自分のお尻に指を入れているように見えるのだが。  僕が唖然としている中でも、明人さんは自分のお尻に指を入れて何かをしている。ぬちぬちと粘着質な音が微かに耳に入って来て、更にパニックになる。 「あ、明人さんっ……?」  裏返った僕の声に、明人さんが反応してこちらを見る。少し赤みを増した頬の明人さんが「もう少し、待っていてくれ……」と笑う。声色が何処か甘くて、心臓の鼓動が早くなる。  しばらく室内に明人さんの吐息と粘着質な音だけが響き、僕はそれをただ黙って見聞きする事しか出来なかった。破裂しそうな性器が、明人さんの姿のおかげで更に膨張しているような気がする。そして、明人さんの性器もまた立派に起立していて、僕の興奮を更に煽った。 「……もう良い、か」  明人さんは独り言のように呟くと、僕の上にゆっくり跨ってくる。どうするのかと思えば、明人さんが僕の性器を捕らえ……ぬかるんだお尻の穴にそれをあてがった。  まさか! と思ってすぐだ。ゆっくりと僕の性器が明人さんの最奥に飲み込まれていく。熱くぬめった壁が僕の性器を包み締め付け、僕は思わず息を呑んだ。 「あっ……うっ、あき、と、さ…っ」 「ん……っ、ふ……」  明人さんはゆっくり腰を落とし、僕の性器を体内へ誘う。あまりの体内の熱さに眩暈がして、今にも気を失いそうになりながら僕は接合部に目を奪われる。着実に、明人さんの中に僕の性器が入っている。 「ん、ぅ……全部、入ったな」  明人さんが僕の上に座り込み、額に汗をにじませる。僕の性器は、全て明人さんの中に収まったらしい。肉壁が蠢いて、僕の性器を圧迫している。すごく……気持ちが良い。 「う、くぅ、明人さんっ……ナカ、熱くて……あっ」  僕は腰を震わせる。身体の奥から何かがせり上がってくるような感覚に戸惑いと不安を覚えた。 「出したかったら、出して……いいからな」  そう言いながら、明人さんがわずかに腰を揺らして体内を締め上げる。その圧迫がトリガーとなったように、僕は目をぎゅっと閉じて身体を激しく震わせた。 「う、ぅう!」  一気に頭の中が真っ白になる。得も言われぬ解放感と、絶頂。それが射精した合図なのだと、僕もわかった。 「んっ……ふ、ちゃんと出せたな……偉いぞ。敬太」  はあはあと息を荒げる僕の頭を明人さんが撫でる。明人さんに頭を撫でられると、何だか妙に気持ちが舞い上がってしまう。 「……まだ、萎えてないな」  明人さんが体内を確認するようにまた腰を動かす。驚いたことに、僕の性器は再び芯を持ち始めていた。止まらぬ興奮に、僕は少しだけ焦る。 「明人さん、僕の、身体っ……変、になっちゃったんですかっ……?」  涙交じりにそう聞くと、明人さんは「大丈夫だ」と僕の頭をまた優しく撫でる。 「おそらく、薬の副作用で肉体の反応が活発になっているんだろう。きっと……あと何回か出せばきっと治まるはずだ。だから……君は沢山、気持ち良くなっていればいい」 「明人さっ……んんっ!」  明人さんが腰をゆっくりと浮かせていく。ずるずると肉壁が遠ざかる感覚に身を震わせる間もなく、すぐにまた熱い肉壁が僕の性器を咥え込む。肉壁が絡みつきぎちぎちと僕の性器を締め上げ、しかしそれがまた離れて、近づいて。その際どい緩急に僕の性器はまた射精感を訴え始める。 「あっあっ、も、だめ、出ちゃう、あっ」 「……っ、いいぞ、中に……出せ」  明人さんがお腹に力を入れ、体内の奥の方に僕の性器を擦り付けた。その拍子に、僕はまた精液を吐きだす。ずっと気持ちいいが止まらなくて、頭の中がふわふわした。 「ふふ……いっぱい出た」  明人さんが満足そうに笑って、自分の下腹部をなぞる。その仕草の淫靡さに、また興奮してしまう。いつのまにかまた起立を始める性器に明人さんがピクリと反応して「まだまだ元気そうだな」と目を細めた。  そういえば、明人さんは全然射精していない。再び僕の上で律動を始めた明人さんをぼんやり見つめながら、明人さんの勃起した性器に手を伸ばす。 「っ! け、敬太……」  張り詰め、先端からダラダラと液体を漏らす明人さんの立派な性器に触れる。僕だって、自慰行為を一度もした事がない訳ではない。テクニックこそないけど、どうしたらそれなりに気持ちよくなるかくらいはわかっている。  僕は明人さんの性器を上下に扱いた。びくびくと性器が脈打ち、明人さんが小さく喘ぐ。 「んっぅ……!」  明人さんの律動が鈍くなる。でも僕は嬉しかった。明人さんが僕の手で気持ちよくなってくれている事が。僕がそのまま明人さんの性器を扱いていくと、どんどんぬるぬるした液体が僕の手元を濡らしていく。 「明人さんもっ……出して、ください?」 「はっ、あ、あっ……!」  明人さんが身体をひくつかせる。きっともう射精が近いんだ。僕は性器を扱くスピードを上げていく。すると明人さんが喘ぎ混じりに言った。 「だめ、だっ……あっ、い、一緒に、イきた、い……」 「……っ、は、はい……一緒に……っ!」  明人さんが腰を振る。ぱちゅっと破裂音に似た水音が何度もリズミカルにいやらしく響いた。体内に僕の性器を深く咥え込み、頬を赤くする明人さんの淫らな姿は、そこらにある成人向けの雑誌なんかよりもよっぽど性的で魅力的だ。僕は沸騰する脳みそを何とか働かせて、明人さんの性器を扱く。 「んぁ、あ、けいた、もう、イくっ……」 「あっ、あ、ぼくもっ、だ、出します……っ!」  互いに限界の近い僕達は、お互いの快楽を求めた。そして、ふいに僕が明人さんの性器の先端を指で抉ってしまった時だ。明人さんがビクンと身体を激しく震わせ、体内が一気に締まる。 「んあぁっ、ぁあ……っ!」 「くっ! んうぅ!」  明人さんの性器から、どぷりと白く濁った液体が吹き出した。明人さんが射精したのとほぼ同時に、僕もまた明人さんの体内で射精する。息を荒げ、絶頂の余韻に浸ってから顔を見合わせると、吸い寄せられるように僕達はキスをした。 「んっ、ふう……はっ……」  明人さんが激しく僕の唇を嬲る。僕はされるがまま、明人さんの激しい口づけを受け入れた。ほんのわずかに開いた口の隙間に舌を差し入れられ、今までにしたこともないような荒々しくて気持ちの良いキスをする。舌が絡まり、涎が口の端から垂れるのも構わず貪る様に互いの唇を奪い合う。まるで獣だった。 「……まだ、いけるか?」  口づけの合間、明人さんが僕に囁く。明人さんの瞳が濡れてキラキラ光っている。綺麗で、とても淫らだ。ああ、魅入られてしまう。落ちてしまう。僕は自分の中の何かが変わっていくのを感じながら、明人さんの瞳を見つめて小さく頷いた。 ****  結局、僕と明人さんは朝になるまで行為を続けた。 散々何から何までやりつくした後、泥の様に明人さんとベッドで眠って、気づけばお昼。僕は二日分授業をサボってしまったという事実に頭を抱えた。 午後からなら授業に出られるかもしれない! と僕が服を着替えてリビングに行くと、待ち構えていたのは琉衣さん。 「けーいーたーくん? ちょっとこっちに来なさい」  ニコニコ笑っているが、目が笑っていない琉衣さん。どうしたんだろうと不安になって琉衣さんの元へ行くと、すぐ近くに何故か床に正座させられている明人さん。そして、ソファーには足を組み座る礼司さんに、律君。 「え、あの、これは……?」 「これは? じゃないでしょうが! 敬太! まずアンタ、触手に感染して調子悪いのにセックスすんな!」 「エァ⁉」  ビシと指さし、琉衣さんが僕を睨む。僕は変な声を上げて固まる。何で知っているんだ⁉ と僕が口をパクパクさせている間に、琉衣さんは次に明人さんの方を向く。 「リーダーもリーダーだよ! 具合悪い敬太に無理させて! 敬太が腹上死とかしたらどうしてくれるワケ⁉」 「……すまない」 「そーいうしおらしくてエ~ッチな顔すれば許されると思ってるんでしょ! 駄目だよリーダー、今日という今日はダメ!」  琉衣さんがぷんぷん怒る。僕は慌てて琉衣さんと明人さんの間に入った。 「る、琉衣さん、すみません。明人さんは副作用を抑えるためにしてくれたのであって……」 「ンなワケないでしょーが! 治療薬に性的な興奮を誘発する副作用なんてありませんから! そんなんあったら患者全員大変なことになってるっつーの!」 「え……? じ、じゃあなんで、僕は朝まで……?」 「そんなん知るかッ! 敬太がムラムラしてて、尚且つ絶倫だっただけなんじゃないの?」 「え、えぇ~⁉」  どういう事なんですか! 僕は明人さんの方を見る。明人さんは珍しく目を泳がせて「……さあ」と言った。つまり、なんだ……明人さんは副作用かもしれないって嘘をついて僕と朝までセックスしたのか⁉ そうなんですか明人さん⁉ 僕が顔を赤くして半泣きで明人さんを見ても、明人さんは困った顔をするだけ。あ、明人さん~! 「まったく、確かに律の言う通りだなあ。白金はド淫乱極まりねえ」 「ふ、副隊長ッ!」  僕達のやりとりを見ていた礼司さんが呆れたように肩を竦め、唐突に巻き込まれた律君が焦ったように礼司さんを睨む。ああ、僕と明人さんだけじゃなくて、こっちにも火種が。 「皆、喧嘩しない。お昼ご飯、食べよ?」  ワーワーと騒ぐ僕達の所に、ぬっとユウマさんが入ってくる。ユウマさんの「ご飯」に反応して礼司さんがソファーからすぐに立ち上がった。 「今日の昼飯は?」 「カツカレー、カレーできたて、カツは揚げたてサクサク」  礼司さんの問いかけに、ユウマさんがすぐに答える。するとムッとしていた琉衣さんが「え! カレーなの! やったー!」とぱあっと表情を明るくした。礼司さんも嬉しそうな顔で「カツ……カレー……福神漬け山盛り……」と呟いている。 「ま、リーダーと敬太への説教は後ほどにして……今はご飯!」  そう言って琉衣さんはキッチンにユウマさんと向かって行く。礼司さんも「腹減ったー」と言いながらダイニングテーブルの方へ移動し、律君もそれに続いた。  残された僕と明人さんは顔を見合わせてちょっとほっとして笑う。昨夜みたいな熱っぽさはない。何気ない日常に帰ってきたような、そんな感じがした。 「俺達も食事にするか」  明人さんが床から立ち上がる。僕も笑って頷いて、ダイニングに向かおうとした。 「ああ、敬太」  歩き出した僕を明人さんが引き留める。僕がどうしたんだろうと明人さんを見ると明人さんが僕に顔を寄せ、そっと耳元で囁いた。 「……またしよう」  低く甘い声に、ぞくりと背筋が震える。僕の顔を覗き込む明人さんの瞳が、また淫らに濡れていた。どうやら、何気ない日常は帰ってきていないらしい。  都市の平和の為に戦いながら、部隊のリーダーと乱れた日々を送る……。ああ、僕の生活はこれからどうなってしまうんだろう? 期待と興奮に胸を躍らせながら、僕は熱を孕んだ瞳を見つめ返した。  こうして、僕の受難の日々が幕を開けたのである。

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