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第3話「苦悩と快楽と恋①」

 とある一日、午後のリビングにて。 「おい白金ー、ちょっとスケッチのモデルになってくれねえかな」 「兄さん、少し資金の事で相談があるんですが」  ほぼ同時に、礼司さんと律君が明人さんに声を掛けた。途端に二人が顔を見合わせ、睨み合う。いつもの喧嘩が始まりそうな予感……と思った時だ。 「はいはい、二人共喧嘩しないのー!」と声が聞こえた。 「まったく、すーぐ礼司君とりっちゃんは喧嘩するんだから。……それより〜ねえ明人さん、新しいオモチャ作ったから試して欲しいな? 電気でぴりってして気持ちいいやつだよ。明人さん絶対気に入るから」  何処からともなくやってきた琉衣さんが椅子に座った明人さんの耳元に顔を寄せる。すかさず礼司さんが「琉衣テメエ! 抜け駆けしてんじゃねえぞ!」と騒ぐ。 「そ、そうですよ琉衣さんっ! そんないかがわしい玩具を兄で試そうだなんて!」 「いや、なんならりっちゃんも僕の作ったヤツ使ってるでしょ」 「なっ、いやっ、それは……!」  琉衣さんの言葉に、律君が顔を真っ赤にして俯いた。ああ、嘘じゃないんだ。本当のことなんだ。礼司さんが「律、お前……」と憐れんだ顔をする。 「皆、ざわざわ、どうしたの?」  ふいにキッチンから、お皿を片手にのそのそとユウマさんが出てきた。また何か料理を作っていたらしい。何を作ったんだろう。 「明人サン、クッキー、食べて欲しい」  机に置かれたお皿には、美味しそうなクッキーが並んでいた。それも、一種類じゃなくて何種類もの色や形の違うクッキーである。これを一人でやるんだからすごい。 「え、めっちゃ美味しそう。僕も食べていい?」 「うん、もちろん。皆で、食べて?」  やったーと喜ぶ琉衣さん。礼司さんや律君も、焼き立てクッキーの美味しそうな魔力に勝てなかったかのように手を伸ばす。  明人さんもクッキーを一枚手に取って一口食べる。優しく目を細めて「美味しいな」と笑うとユウマさんが嬉しそうに顔を明るくした。和やかな空気に、ちょっとほっとする。 「で、白金は誰と過ごすんだ?」  やっと取り戻した平穏をぶち壊すように、礼司さんが言う。折角争いが終わったかと思ったのになあと肩を落とす間もなく、琉衣さんも「そうそう、それ一番重要ね」と言い出した。  明人さんが隊員である皆と性的な関係を結んでいるという事実が発覚してから、今みたいな「明人さん争奪戦」が激化したような気がする。僕が事実を知るまでは明人さんとの関係を皆でなんとか隠していたみたいだが、隠す必要がなくなったからか、明人さんの奪い合いを何処でもする。あと、なんなら明人さんに抱き着いたり頬にキスをしたりと、過剰なスキンシップも隠さなくなった。  最近は皆の様子に驚きが薄れ、日常化しつつあるけれど……一人の男の人を巡って争いが起きる毎日ってどうなんだろうなとは思う。僕達、平和の為に戦う特殊部隊なのに。 「で、どーするの? 明人さん」  琉衣さんが明人さんに詰め寄る。すると明人さんはすんなりと言った。 「すまない、今日は先約がいる」 「先約……ですか?」  律君が明人さんを見る。明人さんは「ああ」と頷いた。 「今日は敬太に勉強を教える日なんだ」  ああ、ついに僕の名前が出てしまった。皆の視線が、リビングの隅っこで気配を消していた僕の方に向く。視線が痛い。特に礼司さんの鋭い眼光。 「あらあら、勉強ってなんですか明人さん。まさか保健体育~?」 「そうだが」 「え、マジで? 敬太、結構スケベな誘い方するねえ~?」  真面目に答える明人さんと、茶化してニヤニヤする琉衣さん。僕は慌てて「る、琉衣さん違いますよ!」と声を上げた。 「今度、スポーツ科学のテストなんです! だから、テスト前に少し予習に付き合って頂けないかなと思って……」 「ふーむ、なるほどね。明人さん顔広いうえに色んな教授に可愛がられてるから、テスト問題とか全然教えてもらってそうだもんね」 「琉衣は俺を何だと思ってるんだ……」  明人さんが苦笑いを浮かべる。でも確かに琉衣さんの言う通りなのだ。明人さんは体育学部にいる教授とほぼ全員顔見知りで仲が良く、スポーツ科学を担当する教授も度々明人さんの話題をあげる。だから、そんな明人さんならテストのポイントを知っているかもしれないと思ってお願いしたんだ。 「そういう事なら仕方ない。敬太が単位落としたら僕は悲しいからね。今日の所は解散しましょー。あ、礼司君は僕の所に来るように」 「はあ? なんで……」 「いいからいいから、とにかく僕の部屋に来て下さいね~」  琉衣さんはニコニコしながら機嫌の悪そうな礼司さんの肩を掴みぐいぐいと押していく。リビングから礼司さんと琉衣さんが出て行くと、僕と明人さん、それからユウマさんと律君だけが残った。 「……ユウマさん、僕達はケーキでも作りましょうか」 「え⁉ ケーキ? うん、作ろう!」  突然の律君の提案に、ユウマさんが嬉しそうな顔をする。律君は全然無表情だけど。律君達がキッチンの方へ向かった後「俺達もそろそろ移動しよう」と明人さんに声を掛けられ、僕の部屋に二人で向かった。    ****  部屋についてからは予定通り、明人さんと勉強タイム。明人さんはテストに出そうなポイントや、スポーツ科学を勉強をしていくうえで覚えておくべき箇所をいくつか指摘してくれたりした。  明人さんの教え方はわかりやすくて、うっかりミスした所も丁寧に解説してくれる。やっぱり明人さんに頼んでよかったと心底思った。明人さんは指導者として優秀なんだ。それは多分……色々別の方向にも発揮されているみたいだけど……。 明人さんとの情事は結局僕が触手人間に襲われた時のあれきりだった。メンバーが会議後に行うくじ引きもハズレ続きで、明人さんとそういう雰囲気になる事も少ない。 でも、明人さんとの情事をふいに思い出すことがある。あんな風に人と身体で繋がったのは初めてだったから。それに、あの時の明人さんはいつもと違ってすごく妖艶で……思い出すだけで頬が熱くなる。本当は、またあんな風に明人さんと過ごせたらいいのにと思っている自分がいるのだった。 「……敬太、どうかしたか?」  声を掛けられハッとする。脳裏に、明人さんとの情事が思い浮かんでいたとは言えずに僕は「あっ、ここ! わからなくて……」と教科書の適当な所を指さした。失礼な事をしてしまったと若干後悔しつつ、自分が指さしたところを恐る恐る見る。 「ああ、筋肉構造の所か。確かにここの辺りは覚えるのが難しいかもしれないな」  明人さんは僕の邪念に気が付かないまま、僕の指さした教科書の部分に目を落とす。 「ここは……うん、実際に触って覚えたほうが良さそうだ」  触って覚える? 僕がきょとんとしたのも束の間、明人さんが僕の手を優しく取った。そして、何をするかと思えば明人さん自身の身体に僕の手を触れさせる。服越しに、明人さんの心音を感じた。 「好きに触っていい」 「えっ……?」 「筋肉の構造は触れて覚えたほうがわかりやすいからな。だから、好きなように触れて……覚えるんだ」  明人さんの真剣な顔に息を呑む。そんなことしていいのだろうか? こんな二人きりの部屋で、身体を触るなんて……。  いや、でも明人さんのこの顔は本気の顔だ。僕の勉強のために、体を張ろうとしてくれている。これは決してやましいものではない。僕はテストの為に頑張らなければいけないのだ。 「……わ、わかりました。では、失礼します」  僕は至って真面目な顔を作って、自分の手をゆっくり動かしていく。  服越しでもわかるが、やはり明人さんは筋肉質でがっしりしている。厚い胸板、引き締まった脇腹、逞しい上腕……一つ一つを確かめるように触れていけばいくほど、明人さんが肉体的な強さもしっかり持っていることに気付かされた。  僕が明人さんの肉体に触れている間も、明人さんは僕が触れた箇所についての解説をしてくれた。筋肉の構造や血液の流れ。それはもう専門的に隅々まで。  端から見たら全くどういう状況なのかわからないが、僕達は勉強のために真面目にやっているのだ。  そうやって自分に言い聞かせて明人さんの肉体に触れていくうちに、僕はふと思う。 「……明人さんみたいになるにはどうしたらいいんでしょう」  僕がポツリと呟くと、明人さんが「俺みたいに?」と首を傾げた。 「僕、もっと強くなりたいんです。明人さんみたいに、勉強も運動もできて、戦う事を恐れない強さが、欲しくて……」  肉体に触れる度思う。明人さんみたいになれたらと。なりたいと思うけど……尻すぼみになる言葉は自信のなさの表れだった。今の自分と明人さんを、比べずにはいられなかった。  こんなこと明人さんに言ったって、困らせるだけかもしれないのに。ふとこぼしてしまった言葉の情けなさに「すみません、忘れて下さい」と苦笑いを向けようとした時……明人さんが僕の手をそっと握ってくる。 「俺みたいに……なんて。俺はそこまで強くないし、恐れがないわけじゃない。いつだって不安はある」 「そう、なんですか?」 「ああ。今こうして、敬太といる時間が奪われる事……仲間のみんなが傷つく事。それはいつだって怖い」  明人さんが目を細める。僕が黙っていると「だが」と言葉を付け加えた。 「そういう恐怖に負けて、大事なものを守れない方が辛い。だから、俺は立ち止まらない。……俺はな、結構単純な男なんだよ。敬太」  明人さんが笑う。優しくて温かいのに、どこか孤独なその微笑みに僕は益々何も言えなくなった。  今すぐにでも、明人さんを抱きしめられるくらいの勇気が僕にあったら良かったのに。悔しい気持ちになる。僕は、明人さんの笑顔を見つめることしか出来ない。 「……少し休憩しようか」  明人さんが僕の頭を撫でた。そして、椅子から立ち上がると何処かへ向かう。飲み物でも取りに行くのかと思ったが、明人さんが向かったのは僕のベッドだ。 「敬太、おいで」  明人さんはベッドに腰掛けると、僕を呼ぶ。僕は言われるがまま、明人さんの元へ向かった。  明人さんと同じようにベッドに腰掛けて並ぶと、初めて明人さんにキスをされた日のことを思い出してしまう。あの時もこんな風に二人でいた。  僕がドキドキしていると、明人さんが言った。 「俺の知識は、君の力になれているか?」 「えっ、もちろんですよ! 明人さんのおかげでテストもなんとかなりそうですし、今後役立つ知識も沢山教えてもらえて……すごく助かります!」  ありがとうございます! そう感謝を述べると、明人さんは何処かホッとしたような顔をして「そうか」と笑った。 「なら……ご褒美、くれないか?」  明人さんが微笑みながら言う。  ご褒美? 明人さんは何が欲しいというのだろう。明人さんの好物のおかずを今度作ってあげるとか…?   僕が考え込んでいると、明人さんがクスッと笑う。 「ふふ、そんな難しいことではないよ。ただ……敬太にもっと触れて欲しいんだ」  明人さんの囁きに、僕は目を丸くする。触れて欲しい、って……。僕が固まっていると、明人さんは僕の手を取り、自分の着ている服の下へと潜り込ませた。肌の滑らかな手触りに少し驚く。 「あ、明人さんっ……」 「……もっと上」  僕の慌てた声も知らぬふりで、明人さんが言う。僕は逆らう術を知らなくて、そのまま手を上の方へ持っていく。  明人さんの胸のあたりに手が辿り着くと、胸の乳頭に指先が引っかかる。その途端、明人さんの身体がぴくりと震えた。 「んっ……そう、そこ……もっと、触れてみるんだ」  僕は明人さんの声に従って、乳頭を指先で撫でる。左右にこねくり回したりし撫で潰していくうちに、柔らかい乳頭は、次第に硬さを増していった。 「っ、ん、っう……強くつねっても、いいから……あっ」  明人さんに言われたように、乳頭を指先でつねる。その度、明人さんの喉元から甘い声が漏れて止まらない。 明人さんの声が僕を煽る。指先で弄るだけじゃ足りなくなってくる。もっと触りたい。 「……敬、太、舐めて……」  我慢できなくなったみたいに、明人さんが自分で服を捲りあげた。分厚い服から露出した健康的な肌色に咲く乳頭はぴんと勃ち上がり、ぷっくりと腫れている。 「……ひ、ぁっ!」  乳首におそるおそる顔を近づけ、唇で強く吸い上げると、明人さんがビクッと身体を揺らす。そのまま舌で乳頭を刺激し、時折歯で噛んだりしてみた。 「ん、ぅ! はっ、ぅう、敬太、気持ち、いい……」  明人さんが震える声で言う。僕は空いた片手でもう片方の乳頭も刺激すると、さらに気持ちよさそうな声を上げる明人さんに僕の愛撫はエスカレートしていく。 「あ、ぅ……上手だぞ、敬太……」  明人さんが、僕の頭を撫でる。それが酷く嬉しくて、僕は犬みたいにぺろぺろと舌で明人さんの乳首を刺激した。  乳頭を舌で舐め上げ、悪戯につついてみては歯でコリコリと軽く食む。わざと乳輪の周りを舐め、油断した所を強く吸えば明人さんが堪らないといったように声を漏らす。 「あっ、んぁ、あ、も、駄目だっ、んぅっ、~~~っ!」  夢中で乳首を舐めしゃぶっているうちに、明人さんが僕の頭を抱えびくびくと身体を震わせた。顔を上げると、はあはあと小さく息を吐いて頬を赤くする明人さんがいた。もしかして、明人さん……イったのかな?   僕が明人さんの妖艶な表情に見蕩れていると、明人さんが僕の太ももを触る。いつのまにか、明人さんの嬌声を聞いているうちに僕の下半身も反応を示していた。 「……ふふ、もう少し休憩、しようか」  明人さんはゆるりと僕を押し倒すと、いやらしく濡れた目で僕に笑いかけた。僕はごくりと喉を鳴らす。  これは明人さんへのご褒美というより……僕へのご褒美な気がする。なんて事は言えず。僕はされるがままに明人さんとの情事にもつれ込んだのだった。

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