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第13話 緊急出動

ロキは保護室で手当を受けていた。 いつもは保健の先生がいるのだが、今日はなぜかカミュ理事が手当をしてくれた。 カミュ理事は美しい女性だが、どこか儚げだ。 学園の運営は、学園長と理事のカミュ、ラムズの3人が行っている。 学園長は今まで一度も公に姿を見せず、表の仕事はカミュ理事が、武力関係の仕事はラムズが行っていた。 学園長が姿を見せないのは、ドゥルゴリー一族の重要人物として暗殺の可能性があるから、という噂があった。 ドゥルゴリー一族は、世界一の財閥だ。 特に学園長とカミュ理事は、ドゥルゴリー一族の歴代の中でもトップの才能と権力をもつらしい。 2人は、この学園や特殊警備隊の他に、宇宙都市と地下都市の開発、兵器の開発と製造、魔法技術の学問分野も立ち上げたのだ。 ♢♢♢ 「粘着ひもで擦れたところはもう大丈夫よ。あとはパラサイトバットの研究が進めば、早く男に戻る薬もできるかもしれないわ。」 カミュが優しく微笑む。 「ありがとうございます…。」 カミュ理事は、学園内で見かけることはたまにあるが、個人的に話す機会はまずない。 「どうして今日はカミュ理事が手当をしてくださったのですか?」 「ラムズから、あなたが本気で異能開発をすると報告を受けたから、激励したかったのよ。」 カミュ理事公認の訓練になったのだ。 身が引き締まる思いがした。 あと、やっぱりキスはちゃんと特訓の一環なのだと安心した。 「がんばってね、期待しているわ。」 「はい!がんばります!」 せっかくのカミュ理事と話せる機会だ。 もう少し話したい。 「あ、あの、こんなことをカミュ理事に聞くことではないかと思うのですが…ラムズ理事の、普通の人はやらない訓練というのはどんなものなのですか…?」 「ラムズとはキスをしたの?」 単刀直入過ぎて、聞いておきながらビックリした。 「は…はい。エネルギーをもらうために…。」 「ラムズのエネルギーは特殊だから、強くなれるわよ。だから、ラムズだって誰にでも訓練を提案したりしないわ。貴方の、戦う動機を信頼したのね。」 戦う動機… 大切な人を守りたい。 悲しむ人を増やしたくない。 きっと、ラムズ理事も、そんな思いで戦ってきたんだろう。 「エネルギーを増やし、その使い方を訓練していくのよ。もともとある技を習得することもあるし、自分だけの技や魔法を開発することもあるわ。あと、ラムズはよく手合わせをしていたわね。彼は、感情で強さが変わったから。」 「え?ラムズ理事が感情で?いつもクールに見えるんですけど…。」 「人間はね、単純じゃないのよ。」 カミュは優しく微笑んだ。 その時、ノックの音が聞こえて、ラムズが入ってきた。 「パラサイトバットの討伐が無事に終わったと聞きました。みんな、ケガもなくて良かったです。」 「見事なチームワークだったみたいよ。」 「それは良かった。ロキも大丈夫なんだよね?」 「はい!全然大丈夫です!」 つい声が大きくなる。 「よくがんばったね。」 ラムズは、ほほえみながらロキの頭をなでた。 カミュ理事の前でもやるんだ…。 恥ずかしいのは自分だけらしい。 「ラムズ、今回のパラサイトバットはフレムに擬態をして、ロキを襲ったそうよ。」 「そうなんですね。初めて聞きました。」 ラムズは驚いた顔をした。 「なんか、花嫁の好きな人に化けるみたいです。」 ロキは説明を補足した。 「……それって、ロキはフレムのことが好きってこと?」 一瞬、ラムズの顔が曇った。 「え?いや、それはパラサイトバットが勘違いしたみたいで。フレムは友達ですから。」 「ああ、それなら……。」 ラムズがまたいつもの雰囲気に戻った。 「ロキ。不用意なことを言ってラムズを怒らせないでね。学園が消し飛ぶわ。気をつけて。」 「え?あ、はい。」 なんで怒るんだろう。 もしかして、討伐中に関わらず、フレムが僕に告白するとか、不謹慎なことを考えていたからだろうか。 「たしかに、フレムから告白はされましたけど、ちゃんとお互い友達だって確認しましたんで!」 ラムズは今まで見たことがないくらい冷たい目をした。 「わかった。私からも確認しておくよ。」 「ロキ。今のような発言を不用意というのよ。次に会う時、フレムが無事だといいわね。」 討伐は無事に済んだのに、二人は何を心配しているんだろう?と、ロキは思った。 「手当は終わったから、これからどうするから2人で決めて構わないわ。それじゃ、ロキ。またね。」 そう言ってカミュは去って行った。 ♢♢♢ 「今日は無理せず、帰ってもいいよ。私も今から休みをとることができるから。」 「討伐が終わっても、やっぱり護衛は必要なんですね?」 わざわざ休みまで取ってもらうなんて、申し訳ない。 「フレムのように、ロキを好きになる人がいるかもしれないからね。」 そうだった。 催淫効果は男に戻らない限り持続するのだ。 「すみません、1週間もラムズ理事の時間を取ってしまって…。」 「ああ、その話だけど…。特訓は、互いに生活を共にする必要があるんだ。だから、異能が開発されるまでは一緒に住み続けたいと思ってるよ。」 「え!そうなんですか…?」 「…何か、不満?」 不満そうなのは、ラムズの方だ。 「いえ!そうじゃなくて…ラムズ理事に迷惑かけまくってるな…って…思ってしまって…。」 自分は簡単に訓練を受けると言ってしまったが、ラムズ理事は想像以上に大変そうだ。 「迷惑なんかじゃないよ。私は…なぜかロキを家族のように感じるんだ。まるで、昔から親しかったような…。」 ロキは洞窟での声のことを思い出した。 「あの、そういえば洞窟でちょっと不思議なことがあったんです。実はあの時…。」 と、ロキが話そうとしたときだった。 『緊急事態発生。緊急事態発生。S級スフィア型クリーチャー3体が出現。場所は、SのD区。SのJ区。TのI区。』 常に身につけている警報器が鳴る。 「S級が、3体⁈」 信じられなかった。 今までの出現はD級レベルばかりで、C級はせいぜい昔からの魔物に限られていた。 A級ですら、ロキの両親が亡くなったあの事件以来記録はない。 しかも出現場所は、今まで山中か郊外だったのに、今回は全て都会の街中だ。 学園の生徒は、緊急事態時には特殊警備隊の援護に行く。 ラムズには個別に連絡が入った。 「ロキ、私は特殊警備隊の到着が一番遅れるSのD区に行く。学園の教員も総出になるが、教員のトップレベルはA級で、しかも人数は少ない。S級と単独で戦えるのは私だけだ。今回の討伐は厳しい戦いになるだろう。」 S級なんて、資料の世界だ。 特殊警備隊の人たちだって、もしかしたら実戦は初めてなんじゃないだろうか。 「ロキは私の直属扱いだ。一緒に来てくれるね?」 「はい!」 ラムズのバイクに二人乗りをし、現場に急行する。 前のような不安はなかった。 自分の中に、これまでもらったラムズのエネルギーを感じた。

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