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第19話 ラムズとの日々

朝は、大抵ラムズの方が早起きだ。 家事は一通りできるようになり、基本的に全てラムズがやるようにした。 起きて、顔を合わせたら挨拶をする。 両手を胸の前で合わせながら「おはようございます」や「こんにちは」「おやすみなさい」と言ってお辞儀するのがこの国の挨拶の礼儀だ。 ラムズも手を合わせてお辞儀する。 ラムズが朝ごはんを用意してくれて一緒に食べる。 献立は本を見ながらラムズが選ぶ。 食材は、裏の畑で育ってるもの、飼ってるニワトリの卵やヤギの乳、近くの市場で買う。 ラムズは帝王と瓜二つの顔を見られないようにマスクをしている。 ラムズは時々、武器屋の商品を眺めていた。 そこはやはり血が騒ぐのだろうか。 本来、国のために武闘の力を磨くのは喜ばしいことだが、ラムズに関しては複雑な気持ちだった。 昼間は畑の手入れや山菜、薬草を取ったり、魚を釣ったりして過ごした。 夕方から夜は天気次第で、読書、星読み、瞑想をした。 ラムズはどんな時でもちゃんと目の前のことをやった。 文字も書けるが、筆談は嫌がったのでやめた。 ♢♢♢ 「ラムズ、今日は近くに湧いている小さな温泉に行ってみよう」 滝の近くの天然の温泉に行った。 ウェンはラムズの体をタオルで拭ってあげた。 特に体には傷がなかった。 ホッとした。 あんな奴と一緒にいて、傷つけられてたんじゃないかと心配していたのだ。 ラムズもウェンの背中を流してくれた。 弟のような息子のような……微妙な年齢差だが、気の置けない同居人ができて、ウェンの中に温かい気持ちが生まれてきているのがわかった。 全てはラムズの監視と養育のためだったが、ウェンはこの穏やかな日々に癒されていた。 姜王国は、ちょっと前まで他の地域と戦争が絶えず、ようやく統一が終わった国なのだ。 自分が戦場に出始めた時は、戦争のピークは過ぎていた。 とはいえ、毎日の戦い、怪我や死亡の連絡に知らず知らずのうちに、まいっていたのだろう。 温泉につかりながら、横にいるラムズの横顔を見た。 きめ細かい肌、長いまつ毛、小さな鼻とあどけない口元、ガラス玉の様な瞳。 ゴツゴツの戦士ばかりの戦闘部隊に入ったら、まるで女の子が来たかのように見えるだろう。 それにしても、本当に同じ顔でもアイツとは全然違う。 やっぱり人は中身が大事なんだなと思った。 ラムズの頭をなでると、ラムズは少しこっちに寄った。 嫌ではないんだろう。 ラムズは今まで一度も笑っていない。 ずっと無表情だ。 言葉とともに感情も失っているんだろうか。 ♢♢♢ ドレイクは定期的に報告をしに来た。 今は、トト副隊長とドレイクに部隊のことを任せていた。 我ながら無責任だと思ったが、皆の前に出る気力がまだ無かった。 「最近は大帝国から司令が来て、数人ずつ組んで出向いています。他の戦闘部隊のヘルプのような感じです。レーザーガンとレーザーソードを使うことが多いですね。レーザーソードでは今までのような剣技はできないので、訓練内容も変わってきています」 「刀を使った剣技は、単に攻撃する手段ではない。己を高めた修行の成果で、己にシャクダイの正義を宿している証なんだ。それが無くなってきているなら……もう、私が部隊を率いる必要がないな……」 自分で言って、悲しくなった。 思わずため息が出る。 「そんなことをおっしゃらずに……。一時的なものですよ。いくらトト副隊長が優秀とはいえ、やはりウェン様には及びません。どうか、お気持ちを強く持ってください」 ドレイクが励ましの言葉をかけた。 「もう少し、時間をくれないだろうか。ここでの暮らしも馴染んできて、私自身も回復してきてると思う。こんなに長く刀に触れないのは初めてだよ。ただ…それでも良いのかな、と思うところがある」 「………………」 ドレイクは返事をしなかった。 普通はそうだろう。 こんなの逃げであり、引退希望ととられておかしくない。 隊に顔を出さず、ラムズと2人で過ごす日々はすでに一年近く続いていた。 「……ところで、悪い話が一つあります」 「な、なんだ」 ドレイクが真剣な顔で話し始めた。 「先日、帝都に武闘会用のスタジアムができて、完成記念式典に呼ばれていましたよね」 「ああ、仮病を使って欠席したが」 「アシュラスがめちゃくちゃ怒ってます」 「マジか。思いのほか、あっさり事務局からOKが出たから、大丈夫だと思ってた……」 「とりあえず、お気をつけください……」 「何に気をつければ……?」 「それは私にもわかりませんが、相手がアシュラスであることはお忘れなく……」 この時、まだウェンはアシュラスがどういう奴か分かっていなかった。

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