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第一章 3

 門や柵から見える薔薇は、白やピンク、黄色など色とりどりの花を咲かせている。  奥に行くにつれて赤が多くなりやがて黒味を帯びていき、館の裏側に回るとーー実在しない筈の黒い薔薇が咲き誇っている。  黒薔薇と呼ばれているものは、実際は黒味を帯びた深紅の薔薇のことを指している。  だというのに。  ここに咲いているのは、正真正銘の漆黒の薔薇だ。  黒薔薇は美しい。  しかし、何処か死の匂いがするような気がした。 「黒薔薇の花言葉……」  男は、ちょうど黒味を帯びた赤い薔薇から、漆黒の薔薇に変わるその境目に立っていた。 『決して滅びることのない愛』 『永遠の死』 『美しい死』  そう、歌うように口(ずさ)む。 「……美しい死なんて……あるものか……っ」  穏やかだった顔を歪め、一輪の黒薔薇を花枝ごと引きちぎって花弁を握り潰した。 「ーー賑やかね、お客様?」   忽然と現れたようにも、ずっとそこに佇んでいたようにも思える黒い背。  肌をすべて隠すような黒いドレス。黒のヘッドドレスから流れる、黒のチュールのヴェール。 「……奥さま」  男は引きちぎった薔薇を見れないようにか、後ろ手に地に落とした。彼の大きな手には棘で作った傷があり、血が滲み出ていた。 「はい。どうやら迷い込んできた──双子の美しいご姉妹です」 「そう……」  その背は振り向くことなく、目の前の薔薇を愛でている。 「ああ……」  突然溜息のような嘆きの色を帯びた声が漏れる。 「どうしました」 「薔薇が……枯れかけているわ……」  それから、空を仰ぎ、 「もうすぐ、嵐が来そうね……そのお嬢さんがたを館にお誘いしてはどうかしら」  そう言うが、それは茜色に染まりかけた頃で嵐がくるようには到底思えなかった。  男は一瞬顔を強張らせたが、すぐに無表情になり、片手を胸に当てて(こうべ)を垂れる。 「仰せのままに」 「すごいねぇ」 「こんなにたくさんの薔薇見たことないよね。ずっと見てても飽きない」  見知らぬ家の敷地に入ることに僅かにあった警戒心も、どこまでいっても続く美しい薔薇の群れの前にすっかり何処かへいってしまっていた。  二人は薔薇に夢中になって時間も忘れてしまう。 「あっちのほうに行くと、赤い薔薇が多くなるのね」 「うん……」  美華の目に茜色の空が映る。 「なぁ」 「うん」  美雪もそれに気づいた。 「そろそろお暇したほうがいいよね。私たち迷子になっちゃってたんだった」 「スマホ使えないし、電話借りるか。道教えて貰うかするか」  遠くのほうに見えていた館がだいぶ近くに見えていた。  近づくと更に館は豪奢であったが、何処か近寄り難い雰囲気を醸し出していた。 「お嬢さんがた」  また突然男の声がした。 「あ……あの、ありがとうございました。とても素敵なお庭ですね」 「ありがとうございます」  男は微笑んだ。 「それで、実は」  美華が先程考えたことを口にしようとすると、男の言葉がそれを遮った。 「館の主人が、ぜひお茶にご招待したいと申しておりまして」 「え?」  二人は驚いて辺りを見回した。  他に人影などない。 「嵐になりそうです。ぜひ」 「嵐? まさか」  そんな気配などまったく感じられない。  断りを入れようとして。  突然。  強い風が吹く。 「きゃっ」  美雪はまたワンピースの裾を押さえた。  視線は男のほうへ。  そして──を見てしまった。 「あ」  二人は同時に声をあげた。  強い風が男の長い前髪を舞いあげ、隠れていた左側を顕にする。  端正な顔の半分には醜い火傷の跡があった。    

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