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第三章 3
冗談を言うような軽い口調だったが、それを聞いていたトワは、胸が妙に騒めくような感じがした。
大階段の壁に飾られた肖像画は幾つもあったがとりわけ目がいくのは、今ユエが言っていた女の肖像画だ。
トワはそれを思い浮かべた。
滑らかな白磁の肌。血のように紅い唇。漆黒の髪と、やはり黒いドレスが肌の白さをより際立たせている。胸許はレースと真珠のネックレスで飾られていた。
それから、見詰めていると吸い込まれていきそうな、濃い緑の瞳。
絵だというのに酷く生々しい感じがして、トワはすぐに視線を反らしたのだ。
実際に今傍にいるのはユエだ。
それなのに、その『女』に見られているような気がした。トワはユエの視線を避けるように、開 いたページに目を落とした。
ーーーー血族結婚を繰り返したためエキセントリックな性格の者が多い家系……エリジェーベト自身も血族結婚……夫はハンガリー貴族で……英雄でもあるが残虐さでも……。
彼女もまた召使いなどへの残虐行為を行っていて……夫の死後エスカレートする。
領内の農民の娘や下級貴族の娘を拷問……惨殺して快楽を得……また血を浴びると美しさが保たれると信じていたーーーー。
どれ程の残虐さか、その拷問方法なども書かれていたが、途中で気分が悪くなって本を閉じた。
(こんな女の血が流れてるかも、なんて冗談きついぜ)
ふと見るとベッドの上で、ユエは子猫と一緒に横になっていた。
「ユエ?」
近づいて覗き込むと、目を閉じていた。
(寝ちゃってるのか)
ふっと小さく溜息を吐 く。
(四年半一緒にやってきたけど、寝顔とか見たことなかったな……)
『BLACK ALICE』としてはあり得ない状況なのに、今のこの生活にある種の喜びを感じていることは否めない。
(苦しいこともあるが)
目にかかっている前髪をそっと指先で払い除ける。
いっそ青白い程に透き通るような白い瞼。
(眠った顔は余計幼く見えるな)
ステージではかなり激しく歌う『ユエ』とは同じ人間には見えない。
指先は頬を滑り、唇をなぞる。
誘われるように顔を近づけ、その唇に触れーー。
(え……)
ーー実際は、触れようとして直前で止めたのだ。
しかし、自分以外の負荷が掛かり、そのまま口づけることになった。
自分の頭の後ろを誰かが押さえている、そう感じた。
口づけてから、驚いて顔を離すと。
目の前で艶やかに微笑む顔があった。
吸い込まれそうな濃い緑の瞳、紅い唇。
そこにいるのは、ユエの筈なのに。
(誰なんだ、この女は)
でもそれはほんの瞬きの間。
すぐに目は閉じられ、あとには小さな寝息を立ててる少年のような顔があった。
そして、頭に感じていた力もすっと引いた。
ざわっと。
一瞬にして半袖のTシャツから出ている二の腕に鳥肌が走った。
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