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第四章 4

「そうなんだ? ありがと」  欠片も笑顔を見せないユエにたじろぐが、ステージの上の『ユエ』を崩さないことにはファンとしては心震える思いだった。 「ーーねぇ、それ何?」  ユエの興味は実は先程から、アリスの手許にあった。小さめのキャリーバッグ。中からカサカサ音がしている。 「あ、これはですね」  バッグを石畳の上に下ろし、中から出てきた白いものを抱き上げた。 「あ、猫」 「一か月家に一人にしておくわけにいかないので、連れて来ちゃったんですが」  そう済まなそうに言う。  真っ白い猫はアリスの両腕の中で微かに身体を震わせ、青と金のオッドアイをユエに向けている。 「綺麗な猫だね、名前は?」 「ましろ」 「ましろ? 真っ白! まんまじゃん、センスなっ」  ぷはっと吹き出す。 「ユエさん、ひどい」  アリスがぷくっと頬を膨らませる。  ユエは、あははと声を立てて笑い、 「うそうそ。可愛いよ」  と言ってましろの頭をそっと撫でた。  ましろはにゃあとか細い声をあげた。 (珍しいな、ユエがあんなふうに笑うなんて)  メンバー以外の人間をこの空間に入れる。ユエの機嫌が悪くならなきゃいいがと思っていた。  二人と一匹の様子を見ながらソウは胸を撫で下ろした。 (ましろを他に預けず連れて来て正解だったか)  それから、ふと。 (そう言えば、最近、エリザの姿見かけない気が…………)  そう思い至って、胸がざわっと(ざわ)めいたが、それには気がつかなかったことにした。 「アリスちゃん、ましろを離しちゃだめだよ。迷子になるといけないから」 「凄く広そうな洋館ですものね」 「エリザみたいにいなくなるから……」  その小さな声をアリスは聞き取ることが出来ず、えっ? と聞き返したが、ユエはもう何も言わなかった。 「買い出しもしたし、今日は夕飯みんなで食べるか」  いいことを思いついたとでも言いたげに、パンと軽く手を叩く。  普段はそれぞれ好きに過ごしていて、食事が一緒になることもほぼない。 「トワ、ウイに伝えてくれないか」 「なんで俺が」  面倒臭そうな顔をしながらその場を離れて行くが、ちゃんと伝えに行くだろうとソウにはわかっていた。 「ハクトも今日は泊まっていけばいい」 「いいのか?」 「もう陽も暮れるし、アリスを連れて来て貰って追い返すわけにいかないだろ」 「だったら、ニ、三日いさせて貰おうかな」 「そんなにゆっくりしてていいの? ハクトさん。忙しいんじゃない?」  ユエがいかにも迷惑そうな顔をする。 「酷いなユエ。そんな嫌そうな顔するなよ」 「別に!」

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