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第四章 6

「これなんだと思う?」  一頻り台所の隣の食堂に当たる部屋で食事をすると、サロンに移動した。  それぞれ飲み物片手に好きな場所に陣取る。  ユエ、ソウ、アリスの三人は奥のソファに座った。  そこへハクトがジャケットも何もないディスクを差し出した。 「これは?」   ソウが受け取る。 「『黒薔薇の葬送』のMV。SHIU さんから」 「『くろばらのそうそう』? あお……ソウにぃ何?」  BLACK ALICEのファンを自負するアリスでも知らない曲名に首を傾げる。 「五周年記念ツアーの最終日に発表する筈だった、新曲だよ。SHIUさんにMV頼んだんだ」  そう答えたソウの顔は少し辛そうだった。 「持って来たのはいいけど、ここテレビもプレイヤーもないなよな?」 「パソコンくらいあるよ、ちょっと取ってくる」  ソウが席を立って二人切りになるとアリスは緊張で身を固くした。 「ツアーの最終日、チケット取ってたんです。残念でした……それに、ヒビキさんのこと」  そこではっとする。緊張で余計なことを言ってしまったと後悔した。 「…………」  ユエが何も答えないので、頭の中をフル回転させる。 「あの、ユエさん。私、ひと月もこちらにおじゃましても大丈夫でしょうか」  浮かんでは消える言葉の中で出てきた話題がそれだった。なんの脈絡もないが、先程の話よりはだいぶましだと自分を慰める。  変な汗をかきながら。 「私、ほんとは夏休みも家にいるつもりでした。あおにぃは、心配するなって言ったきり、何処にいるかも教えてれなかったし。だけど、ハクトさんが勧めてくれて、あおに……ああっ、ソウにぃにっ」  動揺していたアリスは、完全に『ソウ』を『あお』と呼んでしまっていることに気がついた。 「頼んでくれたんですぅ~」  自分の失言に半泣きになっていた。 「なんだ、それ。『ソウ』って呼べって言われたんだ?」  ふふっとユエが笑った。 「はいー」  申し訳なさそうに語尾を下げる。 「お互い本名やプライベートなことは明かしてないからって」 「おれだけの時はいいよ。知ってるから」 「そうなんですね。良かった~」  ほっと胸を撫で下ろす。 (ユエさんはなんて名前なんだろう。笑うと思ったより幼く見えるし。幾つなのかな)  ユエが優しい顔をしてくれたので、少し浮かれた。  だから、彼女はユエの小さな呟きを聞き逃してしまった。 「そう……ハクトさんが……ここに来させるように仕向けたんだ……」 「え? 何か言いました?」  ほんの一瞬だけ瞳に暗い翳りが見えたが、アリスが顔を向けた時にはそれもなくなっていた。 「いや、何でもないよ」

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