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第四章 9

「ハクトさん……なるべく早くここを出たほうがいいよ。そうだね、朝になったら、すぐにでも」  へらっと笑いながら冗談のように言う。 「なんだ、それは。そんなに俺が邪魔か」  ハクトも笑いながら答える。 「ーーできれば、アリスちゃんも連れて」 「ウイ?」  ウイはもう背を向けていた。  しかし、その瞬間はもう笑ってはおらず、酷く厳しい顔をしていたのを、ハクトは見逃さなかった。 「滅びの道へと……向かう……」  そして、その呟きも聞き()めていた。 (滅びへの道へと向かう? 『黒薔薇の葬送』の歌詞じゃない…………) 「ソウにぃ、私も一緒に観てもいいの? 発売前のものなのに」  パソコンを起動させてディスクを入れると、アリスはもじもじしながら言った。 「ユエがいいなら、いいんだろ」 「ユエさん……いいんですか?」  上目遣いにユエを見る。 「いいんじゃない? どうせもう世には出ないよ」  ユエは乾いた笑いを漏らし、ソウは切なげな顔で明後日の方向を見る。 「そんな……」  アリスは何か言いたげに口を開くが、結局何も言わなかった。  ショパンのピアノソナタ、一般に『葬送』と呼ばれる旋律をアレンジしたピアノ曲が流れる。  真珠色のドレスを纏った貴婦人が、荒涼とした風景の中を歩いて行く。   真珠のごとき白い肌   月のない夜のような黒髪   深紅の薔薇の唇     少し掠れた、男声とも女声ともつかない声が流れる始める。    その女の先には古びた城が。  誰もいない城に入り、階段を(のぼ)って行く。  貴婦人の役はユエ。  古びた感のある映像が曲の雰囲気に合っていた。  映像が切り替わる。  少し黒味がかった、血のように赤い薔薇を両手で抱えた女が、何もない白い小部屋に立っている。  先程までの纏め髪は解かれていた。彼女の動きとともに豊かな黒髪が揺れ動く。  薔薇を全て宙に投げると、腕に(いだ)いていた薔薇の数よりも多くの赤が降り注ぎ、小部屋の床を隙間なく埋められていく。  その薔薇の中に座り歌う女。  深紅の薔薇はやがて黒い薔薇へとかわる。   真実の愛を求めながら……   滅びへの道へと   向かう……  激しい曲調の多いBLACK ALICEにしては珍しく、バラード調。  始終ピアノとアコースティックギターの美しい旋律と、BLACK ALICE特有の破滅的退廃的な歌詞が融合し、物悲しい雰囲気を醸し出している。  咲き誇る薔薇の中で、ステージ衣装で歌う。血塗れの姿でピアノを弾く……。    ラストは黒い薔薇が敷き詰められ小舟に横たわり河をゆっくりと進んで行く。  蒼白い(かんばせ)。  閉じられた瞳。  それはさながら(ひつぎ)のよう。    

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