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第六章 11

「まあ……いいさ」  目を(ひら)いてこちらを見ていた。  その視線にはこれまでと違う、やや柔らかさがあるように感じる。  自分に都合の良い解釈かも知れないが。 (なんだろ……なんか、めちゃくちゃ照れる)  胸許で揺れるネックレスを自分でも気がつかないうちにもじもじと弄る。 (あ……)  ふと思いついたように、そのネックレスを外して、トワの目の前に翳した。 「これ……見覚えない?」 「ん?」  そう言われてトワは目の前にぶら下がるネックレスのトップを、掌の上に載せた。  シルバーのチェーンに、シルバーの細いプレートがついている。プレートには十字架と薔薇が彫られていた。  けして高価とは言えない。ウイが持つのには似合わなそうな。  そう思いながら見ていたが。 「これ……まさか……」  遠い記憶を探る。 「そうだよ。これ……おまえに貰ったものだ」 「でも、俺が渡したのは……女じゃ……」  まじっとウイの顔を見る。 ★ ★  最寄り駅から一時間程の海辺の町。  そこには二年程前から時々訪れていた。  最初は偶然だった。  なんとなく知らない場所に行きたくなり、電車に乗り知らない駅で降りた。  同じ県内でありながら自分の住んでいるところとはだいぶ雰囲気が違う。  何処か寂れた町だった。  海が見たかった。  春先のせいか、それとも元々なのか。人影はほとんどなかった。  砂浜を歩いていると、歌声が聞こえた。  少年のような、少女のような不思議な声だった。  白いシャツにブルージーンズ。  砂浜に座っている人影は、近くで見ても少年か少女か判別がつかなかった。  永遠は人一人分を空けた砂の上に同じように腰を降ろした。  歌声が途切れた時に 「歌……上手いな」  そう声を掛けた。 「……もう、ここでしか歌えない」   謎めいたことを言うその声は、思いの外掠れ気味の、少年の声だった。  名前は『(ゆい)』。結ぶと書いて『ゆい』だと。  話したのはそれだけだった。  彼は全てを遮って歌だけに没頭していた。  その時、永遠は十五歳。『結』も近い歳だろうと思った。  それから時々その海辺に訪れていた。  会えなくてもいいと思いながら、いつ行っても出逢うことに運命を感じた。  しかし、あれ以来話掛けることは出来ず、ただ少し離れた場所に座り歌を聴いているだけだった。  ーーその日は『結』は砂浜にいなかった。  母親を亡くしたばかりで、飲んだくれの父親と喧嘩して家を飛び出した。組んでいるバンド内ではいざこざが絶えない。  何もかも上手く行かず、『結』の透明な歌声が聴きたかった。無色のような姿を見たかった。  なのに。  その日に限ってそれは叶わず、今までのもただの偶然に過ぎないと悟ったのだ。 (何が、運命だ……嗤える)  乾いた笑いを海風が攫って行った。

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