47 / 77

第六章 15

「金とかいらないから……と思ってさ。酔って意識朦朧としてたけど話掛ければ答えるし、このまま誘えば……なんてことを思ったわけだ」  にっと笑う口許が妖艶で、あの時見た『女』の口許と重なる。 (ほんとに……あの時の『女』はウイなのか……) 「ーーでも、おまえのそのタトゥーに触れながら、話聞いてたらーーまだ十代だって言うじゃないか。吃驚したよ。全然そうは見えないし」  あははと笑いながら、トワの頬から手を離した。 「これは手を出したら犯罪だと思ってさ。おまえに寄り添って話を聞きながら、一緒に眠るだけにしたんだ……おまえは覚えてないかも知れないけど……」  まっすぐ扉の方向を見つめている目が酷く寂しげだった。  その瞳にトワは胸をざわつかせた。  こんな寂しい目をさせたくないと思った。 「少し……覚えてる。すごく温かだったこと、誰かに優しく話し掛けられてること……それから、口許……天使か女神か、なんて思った……それで、なんだか安心して眠れた」 「天使か女神……」  ちょっと照れたように呟く。 「起きたら、娼婦だった、みたいな」 「…………」  自分の心読まれたかと思ったが、ウイのほうは照れ隠しだったのかも知れない。 「ま、何もなかったからトワはあの日会った『オレ』を『女』だと勘違いしたままだったというわけだ。朝起きた時も化粧してたしな。再会しても無反応な筈だ」 (そうだ。ウイはいつも化粧をしてて、素顔がわからなかった。ここに来てからも……。今日初めて見たのかも知れない)   そう思ってじっとウイの顔を見つめた。 「な、なに? 急にそんなに見つめて」 「シテる時も思ったけど、あんた、素顔も綺麗だよ」 「え……」  ウイの顔が朱に染まる。 「な、なに言ってるんだよ」  体温が急に上昇したような気がしてパタパタと両手で扇いだ。 (なんだ、随分と可愛い男だな)  トワは突然『ウイ』という人間が見えてきたような気がした。いや、今までユエ以外に興味が湧かなかったからなのかも知れない。 (俺も案外ちょろい奴かもな) 「ーーあの日」  少し間をおいて、顔の色が元の白さに戻った頃、ウイは再び口を(ひら)いた。 「おまえの哀しみの一つをオレは担った」 「え? なんだそれ」  初めて会った筈の相手が自分の哀しみの要因だと言われ、トワは驚きを隠せない。  しかも、その『哀しみ』はどれもライヴハウスに行く前から抱えていたものだ。 「話を聞いててわかったんだーーおまえ、ユエ、いや(ゆい)の歌を聴きに来たんだろ」 「あんた…ユイのこと知って……」        

ともだちにシェアしよう!