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第六章 16

(ゆい)はいつもあの海辺で歌っている、あの辺りでは有名な話だったーー聴きに行く人間も当然おまえだけじゃなかった」  何処か自分だけの宝物だと思っていたトワにとっては聞きたくない事実だろう。彼の眉が少しだけ歪む。 「名前を知ったのは、店の客に同級生がいたから。でも高校には余り行っていないようだった。あの海辺でも話し掛ける奴はいたが、たいして答えもないので、次第に誰も話し掛けなくなった。あの日の昼間ーー」  ウイが一旦言い淀んで、決心したように話し出す。 「ライヴは昼からやっていてーー昼は主婦層メインの弾き語りなんだけど……演奏の途中で見慣れない客が入ってきたのに気づいたんだ、誰だと思う?」  そう聞かれて思い当たる人物は一人しかいない。 「ソウか……?」 「ご名答。演奏が終わってから話し掛けてみた。彼は、結の噂を何処かで聞きつけて、自分の探している人物じゃないかと言った。だから結の歌ってる場所を教えてやったんだーーおまえが海辺へ行ったのは、たぶんその後だろう」 『ごめんな』  心の中で呟いた。ただの偶然で謝る筋合いでもない。だが、自分が少しでも関わったことだ。あの日のトワの哀しみを思うと、心の内だけでも言っておきたかった。 「ーーそれから二週間くらいが過ぎて、またソウが来た。今度は夜のライヴ最中で、カシスレッドの頭の男と二人連れだった」 「ヒビキか」 「ああ。ライヴが終わるとあいつらのほうから話し掛けてきた。バンドのメンバーを探しているってさ。最初は詐欺かと思ったよ」  そこでくっとトワが笑いを漏らす。 「覚えある」 (そうかも知れないな……)  それについても自分が関与してると言ったら、彼はどんな顔をするだろう。  しかし、その話はもう少し後だと、話を続けた。 「渡された名刺を見てびっくりだーー『SAKUプロ』だろ。それでまじまじソウの顔を見たら、オレでも知ってるアイドルユニットの元リーダーだって思い出したんだ」 「女として誘われたのか?」  素朴な疑問だ。 「そんなわけないだろ。SAKUプロ男しかいないじゃん」  あははと可笑しそうに笑う。 「すぐ男だってわかったらしい。それで、オレのビジュアルとギターテクを買ってくれた。今までのSAKUプロにないバントをつくりたいって」 (それがあれかー)  二人同時に『BLACK ALICE』を頭に浮かべた。 「オレが加入して始動開始してから、ソウがもう一人メンバーを増やしたいと言った。ギターかベースの出来るヤツ。ツインギターにしたいって。それでーーおまえ、トワの話をした」 「え……まさかだろ」 「なんでだろ……オレが……トワにもう一度会いたかったんだ。勿論オレはおまえがどの程度のものかは知らなかったから、とにかくソウの気を引くように褒め称えた」 「嘘かー」 「だな。ま、ダメもとではあったけど。SAKU プロとソウの情報網で見事におまえを見つけたってわけさ」 「突然、おかしいとは思ったけど」  種明かしをされ、今更ながらに納得したといった顔だ。   「あの日」  ウイはまたトワの顔を見る。  酷く切ない、今にも泣きそうな顔をしていた。 (なんでそんな顔を……)  トワの指先がウイの頬に触れる。 「オレたち四人は同じ場所にいたーーこれは、もう運命だなーー滅びへの道へ進む。運命の出逢いだったんだ…………」  二人はお互いの瞳の中に、その運命を見るかのように見詰め合った。  

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