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第七章 1
穏やかな風が青い柔らかな髪をふわりと舞い上がらせる。
ウイは大きく張り出したバルコニーの白い手摺りに頬杖をつき、煙草を燻らせていた。眼下を眺めている。
洋館を取り囲む広大な薔薇の園 は変わらず美しく咲き乱れ、薔薇の芳香が自身からも匂い立つかと思えるくらいに薫ってくる。
(今は……九月の初めのはず……)
季節の巡りを感じさせないこの敷地内では、ウイは月日がはっきりしなくなってきていた。
それに気づいた後からは、外の人間が来る度に『今日は何月何日か』を必ず訊ねることにしていた。
館 内の部屋には紙とペンが備えてあり、それで自分で簡単なカレンダーを作った。一日が終わると斜め線を引いていた。
トワがBLACK ALICE加入以来初めてというくらい会話を交わした『あの日』からひと月くらいが経っている。
一見あの日の騒ぎが嘘のように穏やかな日々が続いていた。
今この洋館にいるのはーー再び最初の四人、ソウ、ユエ、トワ、そして、ウイだけとなった。
そう想いを馳せながら、ウイは胸許に揺れているネックレスに触れた。
もう隠すことはしなくていい。
★ ★
トワはウイの手を取ると、その掌に持っていたネックレスを載せた。
え……っと、困惑するウイ。
彼の開いたままの指を、トワは自分の手で折り曲げて握り込ませる。
「これ……あんたに持ってて欲しい」
「……どうして?」
「さあ……なんでだろう」
ウイは貰えないとでも言いたげに、ゆっくり首を横に振る。
「これ……あの頃バイトして買ったんだ。本当は母親への誕生日プレゼントだった。ーー俺んち親父がやくざ崩れの飲んだくれで、母親が働いて生活していた。俺は俺でそんな家が嫌で好き勝手してて、こんなタトゥーなんかいれたりして。でも母は、いつも俺を心配して大事に思ってくれてた。バンド始めた時も応援してくれた」
「じゃあお母さんに……」
と言い掛けて口を噤んだ。
(あの時確か……)
そう思い出した時、
「渡す前に形見になっちまった」
そう言って切なげに眉を寄せた。
(そうだった……母親が亡くなったと、寝物語に聞いたんだ……)
「棺の中に入れようと思ったけど、こんな俺なんかのプレゼントなんて……って思って入れられなかった」
「そんな大事なもの、余計貰えないよ……っ」
握られた手を引っくり返してトワの手に落とそうと思った。
しかし、力強く握りしめられそれは叶わなかった。
「ーーあの時本当に何もいらなかったんだ。会えたら返すつもりだった。でも、トワがオレを覚えてないみたいだから……なんの反応も示さないから……話をして返すことが出来なかった。隠し持ってるふうになってしまってた……」
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