49 / 77

第七章 1

 穏やかな風が青い柔らかな髪をふわりと舞い上がらせる。  ウイは大きく張り出したバルコニーの白い手摺りに頬杖をつき、煙草を燻らせていた。眼下を眺めている。  洋館を取り囲む広大な薔薇の(その)は変わらず美しく咲き乱れ、薔薇の芳香が自身からも匂い立つかと思えるくらいに薫ってくる。 (今は……九月の初めのはず……)  季節の巡りを感じさせないこの敷地内では、ウイは月日がはっきりしなくなってきていた。  それに気づいた後からは、外の人間が来る度に『今日は何月何日か』を必ず訊ねることにしていた。  (やかた)内の部屋には紙とペンが備えてあり、それで自分で簡単なカレンダーを作った。一日が終わると斜め線を引いていた。    トワがBLACK ALICE加入以来初めてというくらい会話を交わした『あの日』からひと月くらいが経っている。  一見あの日の騒ぎが嘘のように穏やかな日々が続いていた。   今この洋館にいるのはーー再び最初の四人、ソウ、ユエ、トワ、そして、ウイだけとなった。  そう想いを馳せながら、ウイは胸許に揺れているネックレスに触れた。  もう隠すことはしなくていい。 ★ ★  トワはウイの手を取ると、その掌に持っていたネックレスを載せた。  え……っと、困惑するウイ。  彼の開いたままの指を、トワは自分の手で折り曲げて握り込ませる。 「これ……あんたに持ってて欲しい」 「……どうして?」 「さあ……なんでだろう」  ウイは貰えないとでも言いたげに、ゆっくり首を横に振る。 「これ……あの頃バイトして買ったんだ。本当は母親への誕生日プレゼントだった。ーー俺んち親父がやくざ崩れの飲んだくれで、母親が働いて生活していた。俺は俺でそんな家が嫌で好き勝手してて、こんなタトゥーなんかいれたりして。でも母は、いつも俺を心配して大事に思ってくれてた。バンド始めた時も応援してくれた」 「じゃあお母さんに……」  と言い掛けて口を噤んだ。 (あの時確か……)  そう思い出した時、 「渡す前に形見になっちまった」  そう言って切なげに眉を寄せた。 (そうだった……母親が亡くなったと、寝物語に聞いたんだ……) 「棺の中に入れようと思ったけど、こんな俺なんかのプレゼントなんて……って思って入れられなかった」 「そんな大事なもの、余計貰えないよ……っ」  握られた手を引っくり返してトワの手に落とそうと思った。  しかし、力強く握りしめられそれは叶わなかった。 「ーーあの時本当に何もいらなかったんだ。会えたら返すつもりだった。でも、トワがオレを覚えてないみたいだから……なんの反応も示さないから……話をして返すことが出来なかった。隠し持ってるふうになってしまってた……」      

ともだちにシェアしよう!