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第七章 4

 二人が考えていることは、とても恐ろしいことだ。これが事実なら。  それなのに、なんの抑揚もなくただ淡々と言葉にする。 「たぶん……全部ユエ……」  ウイの言葉にトワは黙って頷いた。 「ーーヒビキは……」  そうトワが言えば。 「……ヒビキは違うよ」  とウイが応える。 「オレたち見てたろ……舞台装飾のシャンデリアがヒビキの上に落ちてきたのを。まるで『オペラ座の怪人』みたいにさ」 「オペラ座の……って何?」 「や、いいよ。今それは」  ははとウイは笑った。  ーー夢みたいな出来事だった。  BLACK ALICE五周年ツアーの最終を飾る、SAKURAドームでの3DAYSライヴ。  初日のリハーサルが始められようとしていた。  スタッフたちも忙しく動きまわっている中、ヒビキは既にステージの上に立っていて、自分の使うドラムを眺めていた。  少し遅れて、ソウ、ウイ、トワの三人が、アリーナ席右の扉から入ってくる。客席降りをする階段から上がろうとした時。  ピシッという音を聞いたような気がする。もしかしたら事後の記憶改ざんかも知れないが。  でも何かしらの予兆を感じて皆がステージの上方を見た。 「ヒビキ! どけ! シャンデリアがっっ」  誰かが叫んだ。  ヒビキがゆっくりと上を向く。  皆の目にはスローモーションのようにシャンデリアが、ヒビキの上に落ちていくように見えた。  たぶんそれも記憶改ざんだろう。  全てが終わり、急に時間が動き出した。  そこにいた全員がヒビキの元に向かった。    流れ出る鮮血の中に、ヒビキのカシスレッドの髪が広がっていた。  カツン……カツン……。  しん……と静まり返ったそこに靴音が響く。  左の扉に人影。階段を上がってくる。  ライヴのラストを飾る新曲の、黒いドレスに身を包み、血と同じ色の薔薇の花束を抱えたユエだったーー。  深紅の薔薇も新曲の演出に使われる筈だった。  ユエはヒビキの傍に辿り着くと、(くう)に向かって薔薇を投げ打った。  薔薇は血溜まりに、砕け散ったシャンデリアの上に落ちていく。  そして、無惨に傷ついたヒビキの顔を被い隠した。 「……あれ、綺麗だったな……」  不謹慎極まりない感想だが、恐らくあそこにいた誰もが思っただろう。 「夢みたいだった……」  夢見るようにウイが呟く。 「夢なら良かったな……全部夢なら……」  二人は夢から覚めたような顔でお互いを見た。 「ヒビキのは本当に事故だと思うーーだけど、ユエはあれからおかしくなった……いや、もしかしたらもっと前」  ウイの考えをトワが引き継ぐ。 「だな。MVの撮影に行った時から……いや、違う。あの曲事態が……もう既に……。ユエは自分がエリザベート・バートリの血筋だと言っていた」      

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