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第八章 3

 それでも気にしていたのは、トワには少々負い目があったからだ。それはトワも知らないことだが。  幾つ目かの扉をノックした。  今までと違ってなんとなく人の気配を感じる。  やや間があって扉は(ひら)かれた。  姿を見せたのはウイだった。  ここはウイの部屋だったかと思ったが、彼は今日はもっとサロンよりを使っていたような気がしていた。  ソウの考えは当たっていた。中にはやはりトワがいて、二人が一緒だと言うことに驚いた。  ウイのしどけないバスローブ姿は、今シャワーを終えたばかりのようだ。  そして、すらりとした白い足に流れている赤い筋ーー血だ、と思った。  それは、先程まで自分とユエの間の『行為』を連想させた。 ★ ★  ウイがユエの部屋の中に入る前から、ソウはにいた。  部屋の中に注目していたウイは気がつかなかったのだ。  この洋館には表玄関以外にも幾つか外へ通じる扉がある。ソウは館の裏側、黒い薔薇が咲いている場所にある扉から入って来た。  左翼側の長い廊下の途中にある扉だ。  所々に揺らぐ灯りはあるが薄暗い廊下に、ぽっかりと明るい光が漏れ見えていた。  一つの部屋の扉が開け放たれているようだ。 (ユエの部屋か?)  部屋の前に人影。シルエットからウイだとわかる。 (何やってるんだ)  訝しんでゆっくりと近づいて行く。  部屋の中からユエの叫び声が聞こえる。 『あお、あお』とソウを呼ぶ声。そして、声はもう一つ。 (トワが中にいるのか……?! いったい何が)  ウイの背後から様子を伺う。  ユエの上に馬乗りになっているトワの姿が隙間から見える。 (彼奴……っ何やって……っっ)  経緯はわからない。でも、ソウはトワの気持ちに気づいていた。ユエに恋情を抱いていることを。  すぐにウイを押し退けてトワを止めなければ。そう思ったすぐあとに。 (でも……もし……)  ソウは躊躇した。  ここに来てから、ユエの気持ちは『あお』から離れているのではないかと思っていた。自分の中の『恐怖』を取り除いてくれるなら誰でもいいのではないかと。 (誰でもいいのなら……トワだって……)  心臓が激しく音を立てている。  そうじゃないんだと、ユエは自分を愛している、自分だけを必要としている、そう信じたかった。  トワを拒絶して何度も『あお』を呼ぶ。 (そうだ、やっぱり、『ゆい』は……)  それに安堵した。それと同時に試したことを、ユエとーーそして、トワに対して後ろめたく思えた。  ウイを押し退けようとした。その時、ウイの身体は部屋の中に吸い込まれて行った。  ソウは壁に身を寄せて中を盗み見る。 「……もうよせ」  けして大声ではないのに、トワを止める強い意志のある声だ。それはソウには切ない響きがあるように思えた。  そうだ、先程目の前にいた身体は細かく震え、両の拳は白くなる程握られていたでないか。 (ウイは……トワを……)    

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