61 / 77
第八章 8
(……もしかしたら……ウイは、後ろから静観していた俺に気づいて、暗にそれを言っているのかも知れない……それとも)
ソウはもう一つの可能性も考えた。
ユエに何かあった時の為に常に隣の部屋を選んでいた自分だ。本当なら誰よりも先にユエの元に行ける筈ーーそれが出遅れたのは部屋にいなかったからだ。
夜も更けていたのに。
自分が『何を』していたのかーーウイはそれを見たのだろうか。
もんもんと考えながら長い廊下を歩き、ユエが眠る己の部屋を通り過ぎる。
もう一つの気がかりを確かめる為に。
ソウの隣の部屋はアリスが使用していた。
あの騒ぎの中、アリスは姿を現さなかった。ユエとトワの声は外にも漏れていたのに。
夜更けの出来事で、眠っていて気づかなかったというのなら、それでいい。
(でも……もし……)
従妹とは言え部屋を訪ねる時間ではないが、早急に心配事は解消しておきたかった。『何もなかった』としても、アリスはきっと許してくれる。
トントンと。遠慮がちにノックをする。
何の反応もなく、もう一度少し強くノックしてみる。
(寝てたら……気づかないよな……)
『寝ている』のだと信じたかった。
夜明けまであと数時間。
(朝また来るか……)
心配事を解消したい反面、事実を知るのが怖かった。
一旦背を向け、それでも去れずに立ち尽くした。
もう一度その美しい装飾のなされた重厚な扉と向き合う。
(鍵が掛かっていたら……このまま部屋に戻る……)
心の中で自分に言い聞かせ、ドアノブを握った。
ーー果たして、扉は開かれたーー
メインの照明が消された部屋の中で天涯付きベッドが、アンティークなスタンド・ライトで浮かび上がって見えた。
ベッドまでの間には、ソファなども置いてあるがそこには人影はない。
『素敵、お姫様になったみたい』
ふんだんにレースの使われたカーテンに目を輝かしていたアリス。
そのベッドに近づく。
「アリス……」
調度頭があると思われるところからカーテン越しに声を掛けてみる。
しかし、返事はなかった。
「開けるよ」
カーテンの重なり合っている部分から指を入れ、そっと開く。
(眠ってる……)
そう見えた。
目は眠っているように閉じられていたのだ。しかし、よく見るとその顔を随分と蒼白い。
まるで……。
ソウはアリスの身体に掛かっている上掛けを跳ね上げた。
「……アリ……っ」
ドレスのようなネグリジェの胸元に、両手を組んで置かれていた。まるで祈るように。
白のネグリジェ……いや、元は白かったのだ。
実家でも見たことがある。
『少女趣味だなぁ』
と笑うと、
『いいじゃない。寝る時くらい何着たって』
そう言って頬を膨らませた。
そんなことがソウの脳裏に浮かんだ。
白かった筈のネグリジェは、全て紅く染まっていた。
ともだちにシェアしよう!