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第十章 2
(いったい誰があそこを……)
そこの扉の鍵は誰も持っていなかった。
ここへ来た時に管理人から受け取った鍵束の中にはこの扉の鍵は入っていなかったのだ。
心は危険を感じながら、身体はそこへと向かって行く。
扉が開いたままの、ぽっかりと切り取られた空間があった。
暗くて良く見えないが、下に向かう階段があるようだった。
ここでは使えないスマホをパンツのポケットから取り出した。
(充電だけはしておいて良かった)
スマホのライトを点ける。
階段を一段下りただけで空気感が違う。
更に淀みや歪みが増し、キシキシと肌に軋みが感じられるような気がした。
階段を下り切ると、感覚的なものではなく、実際に冷んやりとした空気や黴臭さを感じた。
ライトで照らすとこの地下室はかなり広いのがわかる。
幾つもの扉があり、一番奥は右に折れているようだ。
何の部屋だろうか。
一つ一つ確認する。
小さなキッチンらしき部屋。
バスルーム。猫足のバスタブがある。
トイレ。
寝室。ベッドとクローゼット。灯りは蝋燭らしい。その名残があった。
ここだけで生活が出来そうな作りだ。
そしてーー 一か所だけ薄く開いた扉がある。そこからは灯りが漏れている。
ソウはその扉の前に立ち、少し躊躇した。
(誰か……いるのだろうか)
今までの部屋はずっと使われていない雰囲気だった。
しかし、この部屋は。
ドッドッと心臓が早鐘を打つ。
意を決して扉を開 いた。
ーー無数の蝋燭の炎が揺らいでいた。
それ程大きな部屋ではなかった。
長机と長椅子が、左右に二列ずつある。
蝋燭はその長机の上に並んでおり、長いものからもう既に消えてしまったものまで様々だ。
入口から真っ直ぐ、その長机の間に絨毯が敷かれている。
突き当たりには階段一段分程の段差があり、中央に背の高い机がある。
(これは……そうだ、礼拝堂に似ている……)
ゆっくりと絨毯の上を歩いて行く。
目についたのは壇上の前。大きな水溜まりのような赤黒い染み。
近づき屈んで観察する。
それは元は赤い液体のようで、粗方乾いていた。
「……血か……?」
どうやら血らしいという結論に至った。
量からして小動物ではなさそうだ。
考えられることは一つ。
「ウイ……なのか……?」
血の痕はそこから壇上へと、何かが引き摺られて行くように伸びている。
ふと、誰かの視線を感じるような気がして、壇上を見上げた。
無数の蝋燭な気を取られて気づかなかったのか。
それとも、部屋に入って来た時から見えていたのに、心が拒否したのか。
大きな十字架に掲げられたーーウイがそこにいた。
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