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第十章 3

  「ウイ……」  残酷な死に様を見たくはなかった。  そんな想いとは裏腹に身体は動く。何かに牽かれるように。  ソウは立ち上がり、引き摺るように足を動かした。  低い壇上は重い足取りでもなんなく上がることが出来てしまう。    視線はウイの足許に。  両足は十字架の下方に、有刺鉄線で一纏めに括り付けられている。鉄線はそこから更に胸許まで伸び続け、十字架の縦辺に彼を縛りつけている――まるで薔薇の(いばら)が巻きついているかのように。  胸許にある鉄線には朽ち掛けた黒薔薇が挟まれていた。その薔薇に手を伸ばすと、ほろほろっと花弁(はなびら)が散った。  それを見てからふと脳裏を(よぎ)ったものがあったが、それが掴めないうちに十字架の横辺に目がいった。  両腕は左右に広げられ、掌を太い釘で打ち付けらていた。  その掌も鉄線が食い込む薄い素材の服も、血で染まり、乾いた跡があった。  視線は頭部へ。  は元は青の綺麗なグラデーションカラーであったのに。血溜まりに浸ったのだろう、赤黒く変色していた。  そして、彼の顔は――。    彼は綺麗な顔をした男だった。  初めてライヴハウスで会った時、女の格好で演奏をしていた、間違える者も多いだろうと思うくらい完璧だった。  メンバーしかいないこの(やかた)でも素顔は晒さない。それでも素の良さは感じられた。  髪から顔、全身に至るまでのケアを怠らない、そんな男だった。  ――彼の顔は。  血の涙を流していた。  腐敗が始まっているのか、やや肥大して型崩れしているようかのように歪んで見えた。 「ウイ……」  ソウはもう一度、けして返事をしない男の名前を呼んだ。  頬に手を伸ばし触れると、ずるっと皮膚の一部が剥がれ落ちた。 「!」  うっと呻き、床に手をつく。  気づけば、朝早くに少しだけ物を口に入れてから何も食べていなかった。  嘔吐しても出てくるのは胃液ばかりで、余計に苦しい。  涙が滲む。  それは哀しみからか、苦しさからか。  もう、彼に対して出来ることは何もない。 (でも、せめて……)  ソウは彼に巻きついている有刺鉄線を外そうとした。  しかし、それは衣服を突き破り肌に食い込んでいて、外すことは容易ではなかった。  鉄線がソウの手を傷つける。  ほんの数か所でも痛い。  それに、これ以上無理をすれば、ウイの肉体が危ういのではないかと思った。 (せめて……括り付けられのが、こんな痛みを全身で感じる時ではなかったといいが……) 「すまない、ウイ」  どうすることも出来ないもどかしいさを抱えながら、その美しくも残酷なオブジェから背を向けた。  もうけして振り向かない。  揺らぐ無数の蝋燭の間を走り抜ける。途中長机にぶつかりよろめきながら。  元は薄く開いていた扉をきっちりと閉めて、また暗い廊下を歩き始めた。  しかし、彼は気づかなかったのだろう。  ぶつかった衝撃で蝋燭が何本か倒れて落ちたことを。        

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