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第十章 5

「螺旋階段の上……何があるんだ」  不吉な予感しかしない。  しかし、行かねばならないーーそんな気がした。  ソウは蝋燭を持ったまま螺旋階段を(のぼ)った。  目線が上階に達するとそこが部屋だと言うことがわかった。踊り場があり、扉がある、というわけではなく、そのまま部屋の中に入って行く。  全面がガラス張りの、サンルームのようなところだった。 (こんな部屋が……あったか?)  螺旋階段を(のぼ)り切り、窓の外を見ると、そこには黒薔薇の(その)があった。 (そう言えば……あの一角に、カーテンで蔽われた部屋があったな)  ソウはそのことを思い出した。  窓は嵌め殺しで、そして何処にも扉のない部屋。(やかた)内を探しても何処にもそんな部屋はなかった。 (地下からしか入れない部屋だったのか)  今は幾つかに区切れた窓の全てのカーテンが(ひら)かれており、なんとなく場所の特定が出来た。 「だぁれ、そこにいるのは」  不意に声がしてびくりっと身体が震える。  声のした方向へ顔を向けると。  ユエの顔をしたーー別の女が笑っていた。  白いドレスを着た『女』は手に蝋燭を持ち、まさに今、窓の両側に寄せられたカーテンの片側に火を付けようとしているところだった。 「ゆいっ! やめろっ!」  しかし、そんな言葉は無駄だった。  火は付けられた。  しかも、今付けたそこばかりではない。ユエの後方にある窓のカーテンは既に燃えていた。  階下できな臭いと感じたのそれだったのだ。 「ゆいって、だぁれ? わたくし、そんな名じゃなくてよ。あははははは」  哄笑する『女』の中に、ユエの意識は押し込められてしまっているかのようだ。『ユエ』を、『ゆい』を、微塵も感じない。 「あはははは。燃えろ燃えろ」  狂ったように笑い続ける。 「くそっ」  しかし肉体は『ユエ』なのだ。このままにしておく訳には行かない。 (捕まえて、ここから出る!)  ソウは彼に走り寄ろうとした。  その矢先、何かに躓いて床に手を付いた。  今通り過ぎようとしたソファーの影に何があったようだ。  ちっと舌打ちをして振り返る。 「トワっ?!」  絨毯の上に座り足を投げ出し、ソファーに寄り掛かっている男がいた。  顔は項垂れていて見えないが、ミルクティ・ブロンドの髪は間違いなくトワのものだった。 「トワ!」  もう一度その名を呼ぶが反応はない。   近づきやや傾いだ上体を起こす。そこで初めてソウは気づいたのだ。  彼の腹に美しい装飾を施された短剣が深々と突き刺さっていることを。  西洋の物語に出てきそうな短剣は、もしかしたら階下の拷問部屋の壁に掲げられていたのかも知れない。  ウイとは違い、血はまだ流れて出ており、トワの衣服を濡らしていく。肌に触れれば、まだ温かい。  しかし、くたりとした身体は、肩を揺すってもされるがままにがくがくと揺れるだけだった。

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